榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

井上ひさしが彫琢した台詞に励まされてきた・・・【情熱の本箱(19)】

【ほんばこや 2014年3月12日号】 情熱の本箱(19)

井上ひさし「せりふ」集』(こまつ座編、新潮社)は、井上ひさしの台詞に痺れてきた者にとって、嬉しい一冊である。

「僕が書いたせりふという名の言葉の響きが劇場を満たして、観客が笑ったり、感動したりしてくれて、そこに日本語のもっている強さとか逞しさなんかを感じる瞬間を、ぜひ皆で共有したいということなんですね」。あなたが身を削りながら、苦労に苦労を重ねて絞り出した台詞は、私たちの心にちゃんと届いていますよ。

「演劇は、自分の表現したものを観客にも共有してもらう装置ですね。同じ意味のことを言葉に乗せて出すにしても、その乗せ方を工夫すると、それが笑いになったりして、その言葉は生涯、受け手の心のなかに残るわけですから、大変なことです。僕としては、自分の大事なメッセージを話し言葉のなかに笑いとともに忍び込ませたいと思っているんです。そんなわけですから、演劇は、大事な素晴らしい装置だと思っています」。あなたの笑いを引き寄せる台詞のおかげで、落ち込んだ状態から、何度、這い上がることができたか。

「いずれ僕たちも死んでいくわけです。・・・お客さんたちの胸のなかに、いいせりふのひとつでも残ってくれれば満足です。そこが、演劇のおもしろいところですね」。一つどころか、あなたが彫琢したたくさんの台詞が私の胸の奥に住み着いていますよ。

「人間の出来る最大の仕事は、人が行く悲しい運命を忘れさせるような、その瞬間だけでも抵抗出来るようないい笑いをみんなで作り合っていくことだと思います。人間が言葉を持っている限り、その言葉で笑いを作っていくのが、一番人間らしい仕事だと僕は思うのです」。あなたは、この言葉どおりの人生を送られましたね。ですから、私は、あなたという人を、あなたの生き方を、あなたの作品を深く敬愛しているのです。

●言葉チューものは 人間(ニーゲン)が一生使い続けにゃならん 大事な道具(ドーグ)でノンタ、そりゃ少しは(チーター)面倒でも(メンドーシカローガ)、時にゃ手間暇かけてピーカピーカに 磨き上げるチューのも大切ジャノー――國語元年。

●人を恋シル時(ドキ)、人ど仲良く(ナガエグ)シル時(ドキ)、人をはげまし人がらはげまされッ時(ドキ)、いつ(エヅ)でも言葉が要(エ)ル。人(シト)は言葉が無(ネ)くては生きられない(イギランニエ)――國語元年。

●世の中にモノを書くひとはたくさんいますね。でも、そのたいていが、手の先か、体のどこか一部分で書いている。体だけはちゃんと大事にしまっておいて、頭だけちょっと突っ込んで書く。それではいけない。体ぜんたいでぶつかっていかなきゃねえ――組曲虐殺。

●自分のだめさ加減を 率直に語ってくれる人が 貴重になるわけですよ。みんな、だめなのはおれ一人じゃないと 慰められますからね――人間合格。

●恋人にふられたら、「よかった、女性が彼女一人じゃなくて」とおもうこと――ロマンス。

●五分後に死ぬと決まっているなら、いま、この瞬間になにをすればいいか――紙屋町さくらホテル。

●明日の生活を 楽しく力強いものにするために、今日、すこしの勇気と すこしの愛で 生活の方向を変えてみる――ロマンス。

●なぜにぶつかったら、そこに立ち止まって考える。これしか人間の生き方は  ないのかもしれない――兄おとうと。

●そう慌てるな。死ぬには熟練はいらぬ、稽古もいらぬ、修業もいらぬ。熟練がいるのは 生きることについてだけじゃ――イヌの仇討。

●貧しくて若いということが、どんなに素晴らしい宝なのか、道元君、君にはわからないのかね? 貧しければ変えようと考え、頑張ろうと思う――道元の冒険。

●誰一人として 「わたしが戦さをはじめました」って 云い張る人はいないよ。みんな、「戦さになってしまって」とか、「戦さが起ってしまって」とか 云ってるよ――花よりタンゴ。

●戦争は自然現象ではない。一から十まで人間の行為である――夢の泪。

●たがいの生命(いのち)を大事にしない思想など、思想と呼ぶに価いしません――組曲虐殺。

●絶望するには、いい人が多すぎる。希望を持つには、悪いやつが多すぎる――組曲虐殺。