榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

幕末・維新期、最強の政治的人間・大久保利通が不人気なのはなぜか・・・【情熱の本箱(247)】

【ほんばこや 2018年8月9日号】 情熱の本箱(247)

どうしても読みたいと念じていた、昭和13年に出版された田中惣五郎の『大久保利通』(田中惣五郎著、千倉書房。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)を漸く手にすることができた。

著者は、大久保利通が正直な表情を見せたのは、幕末前期においては堀次郎、後期においては西郷隆盛、維新前期においては岩倉具視、後期においては伊藤博文に対してだけだったと思われる、と記している。

大久保を特徴づけるのは、幕末における挙藩主義と、維新後における進歩的思想だという。「挙藩運動は、褒貶を無視し、時には同志を見殺しにしてまで堪へた忍苦の結果です。十重二十重にからみあつた錯雑せる藩内事情の鼻づらを、巧みに押へてさばいた手練は、大久保のものでせう。・・・薩摩一藩を、組織化し、武力倒幕の行動にまで持ち来らしめた功労は、大久保が勲一等でせう」。

「維新後における進歩派の棟梁として、他の勢力と正面から拮抗し、これを打倒し得た点でせう。・・・この進歩性と薩摩的頑固性とを一身に兼ねた大久保の性格が、強力的に見えるのも、けだし当然でせう。・・・民を支配する思想から漸次民を教導する思想へと進み得たものの、さて民とともにあり、民自身であるというところまでは、結局進み得なかつたことは、大久保政策の性格が実証して居ます。・・・大久保の得意とするところは、思想の卓越にあらずして、見通しの正確にあり、未来を洞察する代りに現在を処理する手腕にあります。彼は、組織を動かす必要から、つねに折衷主義をとりましたが、その立場を一度確守した以上は、テコでも動かぬ忠実さを発揮します。・・・大久保のこの進み方は、実に堅実無比であり、それだけに、一度進んだかぎりは、決して後退せぬ頼もしさがあり、すべてを其地歩から計算して事を進め、その事を処するや、老獪とも称すべき政治的手腕を発揮するのです」。

島津久光への接近に、大久保のマキャヴェリズムを見ることができる。「(島津)斉彬なき後に久光に接近することは、万事当然のことといへませう。しかし、父を五ケ年間鬼界島に流人生活を送らしめたのは、久光を中心とするお由良派なのです。みづからも、四年間謹慎の生活を送らされたのも、お由良派のためです。・・・にもかかわらず、大久保は、敢然として久光に接近して行つたのです。卑劣なと思はれさへする方法によつて近づいて行つたのです。まづ、囲碁によつて関係をつけようと試みます。・・・大久保は、まづ囲碁を学んで(久光の囲碁相手の)吉祥院に近づき、その手蔓によつて久光へ同志の意志を伝達しようと計つたのです。・・・大久保は、安政六年にすでに、久光を擁して仕事をすることの有利を洞見して、罵詈を顧みず、これに近づかうとしたのです」。

西南戦争での西郷の死に対して、大久保はどう感じたのだろうか。「西郷の死によつて、一脈の不安と寂寥と、多大の安堵とを同時に味つたのは大久保でせう。これで全国的統一が一応完成したといふ安堵と、故国へのわびしさ、西郷への済なさです。そして、そのいづれもが大久保の予期した通りのものであつて、春が去つて夏が来たやうなものです」。

しかし、西郷の死から8カ月後、大久保は暗殺されてしまう。「悲鳴をあげて棹だちとなる馬、飛びおりる馭者。それを袈裟がけに切りたほす壮漢。『待て』大喝して(馬車の)左側から下車しようとする大久保へ、拝み打ちに眉間から眼の下へ斬りおろし、ひるむところを引きだして、切りさいなんで留めの短刀を深く突きさします。瞬間の出来ごとであり先駆して居た馬丁が急をつげて戻つた時は、万事了つて居ました」。

大きな実績を上げながら、大久保は、どうして人気がなかったのだろうか。「あらゆる行動は、大久保の場合は、政治性を伴ふために、相手の人は裸の人間に会ふ代りに政治に面して居る気がするのです。いかなる好意も、相手にはなにか伏線があるやうに考へさせられるのです。笑ひすら政治的な香りを漂はせるのです」。

「大久保の不人気は、政治性に蝕まれすぎたかれの心情から発散するのです。そして、これは官僚性の基底を形づくる性格だと思ひます。この点で、大久保は、官僚政治家の典型といへるでせう。ただいはゆる官僚政治家に終らなかつたのは、変革の血煙りをあびて来たからです。進歩性と勇気、これが大久保を偉大ならしめた原因であり、同時に不人気にならしめた一因でもありませう」。

「卑俗にいふ転んでもただ起きぬといふコースを大久保は辿りつづけて居ます。彼に失敗の乏しいことは、彼の見通しのたしかさを証明するのですが、変化を好む人間は、嫉妬も交へて、かうした一生には拍手を送らないのです。況んや、西郷との比較において見るとき、不人気になるのは当然といふべきでせう。だが、だからこそまた大久保は、政治家として大を成しえたのです。政治が大久保であり大久保が政治なのです。政治は、大久保にとつては仕事であり、道楽であり、生命であつたのです。そして、その勇気と見透しとねばり強さは、近世以来求めて他にうることは難いでせう。彼こそは、真乎の強力政治家であり、革新政治家であると断じえられます」。

著者の大久保に対する好悪が行間に滲む力作だ。大久保が好きな人にも、嫌いな人にも一読を勧めたい。