榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

哲学と宗教について、私の知らなかったこと、思い違いをしていたこと・・・【情熱の本箱(305)】

【ほんばこや 2020年2月4日号】 情熱の本箱(305)

おこがましいが、年齢が近い出口治明とは、読書遍歴がかなり似通っている。出口の著作のみならず、彼の書評に啓発されて手にした書籍も多い。敬愛する出口の『哲学と宗教全史』(出口治明著、ダイヤモンド社)を読んで、私の知らなかったこと、思い違いをしていたことが多いのに気づかされ、頭の整理ができた。その一方で、同じ書物を読んでいながら、出口とは理解の仕方が異なるケースも散見された。これらのケースについては、今後、さらに読書を積み重ね、理解を深めていきたいと考えている。

本書から学ぶことができたことの一部を挙げてみよう。

哲学と宗教のテーマについて――。「●世界はどうしてできたのか、また世界は何でできているのか? ●人間はどこからきてどこへ行くのか、何のために生きているのか?・・・この問いに対して答えてきたのが、宗教であり哲学であり、さらに哲学から派生した自然科学でした。順番としては最初に宗教があり、次に哲学があり、最後に自然科学が回答してきました。そして特に自然科学の中の宇宙物理学や脳科学などが、2つの問いに対して、大枠では、ほぼ最終的な解答を導き出しています」。

人間の将来について――。「今から10億年ぐらいしたら、太陽が膨張し、地球の水はなくなって全生物が死滅することがわかっています」。

ゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教、イスラームについて――。「人類初の世界宗教が生まれました。ゾロアスター教です。・・・このペルシャで生まれた世界最古の宗教に、一番多くを学んだのがセム的一神教でした。・・・具体的には、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教を指します。・・・セム的一神教は、天地創造や最後の審判も天国も地獄も洗礼の儀式も、すべてゾロアスター教から学んだのです」。

ブッダについて――。「ブッダとマハーヴィーラについて、その宗教観を概略的に話しておきます。2人とも、その教義の根本にあるのは輪廻転生からの解脱でした。・・・人は死後、あの世に行くのですが、やがてこの世に生まれ変わる。そしてまた死を迎え、また生まれ変わる。そしてそれは永劫にわたって繰り返される。しかし人生には必ず苦痛が伴うものですから、苦痛に満ちた人生が、2回や3回ならともかく永遠に繰り返されるのはしんどい。なんとかして輪廻転生のサイクルを抜け出し、変わらぬ永遠の生命を得たいと、誰もが思います。その思いを実現することが、輪廻転生からの解脱です」。

ストア派について――。「ストア派は、このように考えました。それは自らの運命を認め、それを真正面から受け止めて、なおも積極的に生きようという考え方であったと思います」。

大乗仏教について――。「上座部に賛成した部派が11部派、大衆部に賛成した部派が9部派であったと伝えられています。このときの大衆部から大乗仏教が生まれたというのは虚説です。大乗仏教を主張した人たちが、上座部11部と大衆部9部を合計し、『小乗20部』と指摘している記録があります。・・・(インドで)ヒンドゥー教の勢いに対して、仏教界の過激派とも呼ぶべき僧侶が、対抗策を考え始めました。そして大乗仏教が誕生します。それまでの部派仏教と呼ばれていた仏教は、あくまでも個人の悟りを主たる目標としていました。迷える人々をすべて救うという発想はありませんでした。しかし、大衆をターゲットにしたヒンドゥー教のわかりやすい教えが広まっていく現状に対して、次のような思想を主張する僧侶が登場してきます。『自分一人が救われたらいい、という考え方は小さな乗り物に一人だけ乗って、幸福になるようなものだ。だから我々は、今までの仏教を小乗仏教と呼び、これを否定する。我々は、大勢の人が乗れて幸福になれるような大きな乗り物を目指す。そういう教えをこれからの仏教とする。すなわち、それを大乗仏教と呼ぶ』。・・・こうして大乗仏教の旗の下に、ブッダの説であるとして、過激派の僧侶がさまざまなお経を創作しました。こうしてブッダの知らない仏典が大量に誕生し、それが大乗経典となりました。主たる大乗経典は以下の4つのグループに分けられます。般若経、法華経、浄土三部経そして華厳経です」。

マリアの処女懐胎について――。「マリアの処女懐胎については、旧約聖書が初めてギリシャ語に翻訳されたときに(七十人訳聖書)、乙女を意味するヘブライ語が処女を意味するギリシャ語に訳されたことが主因であるとの学説が出されています。つまり、誤訳から処女懐胎というドグマが生まれたというわけです」。

密教について――。「(大乗)仏教は苦境を打開するために考えました。・・・大毘盧遮那成仏神変加持経(大日経)という宇宙を統る大日如来(毘盧遮那仏)を賛美した経典や、秘密儀則を詳述した金剛頂経を創作しました。この秘密儀則とは、呪文を唱えながらさまざまなおまじないの行為を実践することによって、何かを祈り実現させようとするものです。密教では遠大な理想を説く大日経の教えと、金剛頂経の世俗な願いを実現させる呪術的な儀式を、お金持ちを中心に布教しました。・・・なお、密教に対して他の仏教を顕教と呼んでいます。・・・仏教の発展の歴史は密教の登場で完成します」。

仏教の流布について――。「仏教の発展過程と、東南アジアへ広く流布していったプロセスは一致しませんでした。誕生の順番からいえば、上座仏教、大乗仏教、密教です。しかし流布した過程は、第1波が紀元前後で、大乗仏教が中央アジアからシルクロードを経由して、中国に入りました。第2波が7世紀頃で、密教によるチベットへの布教。そして、モンゴルや満洲へと拡がりました。第3波は11世紀、上座仏教がスリランカからミャンマー(ビルマ)に伝わったときでした。・・・この上座仏教は13世紀に、タイやカンボジアに伝わりました」。

デカルトについて――。「ルネサンスに始まった人間復活の潮流は、宗教改革による荒廃を経て、Cogito, ergo sum. の登場によってほぼ理論上では完成したように思われます。人は神から完全に自由になったのです。デカルトが『近代哲学の祖』といわれる所以です。人間は神から自由な存在であると言い切った上で、デカルトは改めて神の存在を証明しました。・・・独自の哲学の体系を打ち立てる中で、神の存在証明を行ったのです。このことは人間の自我を神の名によって束縛することを許さない、純粋な自我の世界の確立であったと思います」。

ヘーゲル、キルケゴール、マルクス、ニーチェについて――。「『ヘーゲルの長男』ともいうべきキルケゴールは実存主義を主張した。・・・『ヘーゲルの次男』マルクスはヘーゲルの『絶対精神』を『生産力』と置き換えた。・・・『ヘーゲルの三男』ニーチェは『神は死んだ』と言い切った。・・・ヘーゲルの子どもの3兄弟と、僕が勝手に名づけた哲学者たち。この3名はいかにも兄弟らしい特徴を共有しています。キルケゴールとニーチェは実存主義という考え方を成立させたことや、ルサンチマンという概念を成立させた点では双子の兄弟のように思えます。しかし結果としては、神に頼ったキルケゴールと神を捨てたニーチェと、正反対の方向に分かれました。また、唯物史観に立つマルクスは、宗教性を一切否定していますから神を認めません。その意味では、マルクスとニーチェは共通する部分があります。産業革命とネーションステート(国民国家)の成立という、人類史上最大規模の2つの大きなイノベーションが起きて、ヨーロッパが世界の覇権国家へと勃興していく中で、ヘーゲルという壮大な哲学大系を成立させた父を持つ3人の子どもたち。父の考え方に反抗し神に救いを求めた、繊細な長男キルケゴール。父を尊敬しその理念をもっと科学的に推し進めようとした、次男マルクス。そして父の絶対精神を認めず神とも絶縁して、一人で生きぬいた三男ニーチェ。この3人をヘーゲルの子どもという観点から、また近代の最後の哲学者として見ていくと、ここに現代の精神の大枠が用意されているようにも思われます」。

レヴィ・ストロースについて――。「レヴィ・ストロースは、『人間は自由な存在ではないし、主体的にも大した行動はできない』との認識を示しました。この徹底的な唯物論の割り切った思考が登場したことで、人間の思考パターンはほとんど出尽くしたように思われます」。

平易な語り口で綴られた、読み応えのある一冊だ。