榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

同僚より出世が遅れているあなたのための本・・・【あなたの人生が最高に輝く時(53)】

【ミクスOnline 2015年6月15日号】 あなたの人生が最高に輝く時(53)

珍しい本

私はこうして成功した、こうやって出世したという著作はごまんとあるが、自分はこういう失敗を犯したため出世できなかったと赤裸々に語った本にはこれまでお目にかかったことがない。この意味で、『僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと』(和田一郎著、バジリコ)は、実に珍しい本、そして貴重な本である。会社を辞めざるを得なくなるまでの18年間に著者がやったこと、やらなかったこと、出世していった同期入社者たちがやったこと、やらなかったことを客観的に比較分析した上で、自分の後悔・反省事項を12項目、抽出しているからである。

同僚より出世が遅れ出している20代のあなた、出世の遅れを自覚している30代、40代のあなたにとって、これは必読書と言えるだろう。

長期戦のゲーム

会社人生は、好むと好まざるに拘わらず、ゲームなのだ。それも長期戦のゲームなのである。「ゲームには勝敗がつきものだ。そして『会社人生』という長期戦のゲームでは、最終的な勝敗が決定するまでに、いくつもの局地戦での勝敗がある。そして、ゲームに参加している以上、それは否応なく経験せざるを得ないのだ。最初の何年かは一線で並び、ほんの少しボーナスが違う程度だ。だが、やがて同期のうちの何人かは他より昇格や昇進で後れをとる。というより、会社は意図的に差をつける。そして、徐々に先頭集団の人数が減っていき、10年くらい経つと先頭集団の中から2、3人の第一次選抜の勝者が生まれる。その時に、後れをとった者たちは、いったいどんな気持ちになるのだろう。若い頃の僕は会社の人間関係にも疎く、そういった想像力はあまり働かなかった」。

「そういうことを最初にはっきり意識したのは、同じ部署にいた同期入社の友人が、当時の課長と部長の関係を指して、あれをみろよと言った時だった。その時、僕らの上司の課長は部長と同期入社の人だった。課長は部長のデスクまで資料を手に話をしにいく。座ったままの部長に資料を渡し、机の傍に立って返事を待つ。課長は部長に敬語を使い、部長は課長の名前を敬語なしで呼ぶ。部長が尊大な人だったわけではない。礼儀正しく、皆の尊敬を集めている立派な人だ。それはわかっていた。部長の方では、若い頃と同じ話し方をしているのだが、課長の方が上司と部下になった時点から敬語を使い始めたに違いなかった。・・・部長と課長は十数年前に同じ大卒の新入社員として入社し、『俺、お前』で酒を飲んだ仲のはずであった。今では、事務所でも仕事後に飲む時でも、課長は『さん』をつけて敬語で話す仲になっている」。

当時業界第2位の企業に36年間在籍した私の経験に照らして、本書で述べられていることは十分あり得ることばかりである。

会社という現実

「僕の周囲からは、たまたまかもしれないが多くの取締役が出た。直属の上司、上司の上司、隣に座って張り合っていた同期、異動で僕の後任となった同期。そんな人たちの多くが取締役になった。まるで僕のいたオフィスに幸運の女神が星をばらまきにやって来て、よりによって僕だけを避けて僥倖を皆に与えたようにも思える」。

「リアルに想像してみればいいのだ。10年後、『あなたはもうひとつです。同期の〇〇さんより、後輩の△△さんより、能力が劣ります』と言われ、昇格して上司となった〇〇さんや△△さんのデスクに承認の判をもらいにいくところを。あるいは、そういう人たちがあなたの会社でのキャリアを自由に決定できるところを。彼らはあなたを引き上げてくれるかもしれないが、あなたをアフリカの支社に飛ばしたり、リストラ候補者名簿の最後にあなたの名前を書き込むかもしれないのだ。そんな想像があっさりと喉を通って飲み下せるのなら、僕があなたに伝えるべきことは何もない。たいていの人は(そう、僕のように)、普段は出世なんてと言いながら、いざ出世できないという現実を突きつけられると、風になびく雑草のようにはやり過ごすことができないはずだ」。

著者の後悔

著者の12の後悔は、下記のとおりである。著者の後悔の大部分は的を射ているが、一部、私には首肯しかねるものも含まれている。

後悔1:入社初日から社長を目指して全力疾走すればよかった。「他に逃げ場はなく、それをこなす以外に道はないと思い定めて仕事に取り組むと、自分の潜在能力がはじめて現れてくる。そして、その仕事の本当の面白さが見えてくるのである」。

後悔2:会社のカラーに染まりたくないなんて思わなければよかった。

後悔3:あんな風になりたいと思う上司をもっと早く見つければよかった。

後悔4:社内の人間関係にもっと関心を持てばよかった。「会社には、神の目のようなものが存在して、必ず正しい判断が下されるものと想像したものだが、やがて神の目なんか存在せず、それぞれの決定は微妙なパワーバランスの下に社内の特定の誰かが行っていることがわかってくる。それはあくまで、職位者が決定したというかたちをとって行われるのだが。できるといわれていた人たちのほとんどは(社内の)『情報通』であって、そういうことをよく理解していた。あるいは、理解しようとして様々な情報を集めていた」。

後悔5:思い上がらなければよかった。「会社というゲームで勝つことが、必ずしも人生の勝利でないことは明らかだ。そういう生き方を選び、会社を去っていった多くの人たちを僕はみてきた。けれども問題なのは、そうした覚悟もなく自分の生き様を貫こうとして、上司や組織の意向に逆らう人たちだ。たとえば、僕である」。

後悔6:できない上司や嫌いな上司に優しくすればよかった。「(先輩は)こう諭してくれた。『そういう人だと割りきって付き合うといいんだよ』と。確かに、その先輩が言うように、僕はそういう上司を好きになる必要はなかったのだ。そういう人だと割り切って、嫌われることのないよう、望まれる仕事をちゃんとこなせばよかったのだ」。

後悔7:もっと勉強すればよかった。「会社というゲーム、あるいはビジネスというもっと大きなゲームで勝率を上げるためには、ビジネス・スピーキング・スキルの習得はひとつの重要な要素だと思う」。

後悔8:ゴルフを始めワインをたしなめばよかった。

後悔9:信念なんてゴミ箱に捨てればよかった。「身も蓋もない言い方になるが、会社というゲームで勝つつもりなら僕のような失敗をしてはならない。会社というゲームを全力で戦い、勝ち抜く覚悟でいるのなら、僕のように『信念』に凝り固まり、『頑固である』と言われないように振る舞わなければならない」。

後悔10:クリエイティブであるよりも堅実であればよかった。

後悔11:周りからの評価を得るために長時間働かなければよかった。

後悔12:同期が先に昇進したことを笑ってやり過ごせばよかった。

ゲームの戦い方

「考えてみれば、人生は長いようで短い。そして、そのかけがえのない人生の相当部分にあたる時間を、ほとんどの人々が会社(組織)での生活に費やしている。であるならば、会社生活を嫌々ながらゾンビのように過ごすより、心底から楽しんで過ごした方がいいに決まっている。僕はあなたに、自らが参加しているゲームに全身全霊で取り組んで欲しい。そうすることが、最高に楽しいはずだから。そして、できるならあなたに勝って欲しいと思う。それに、万一、勝てなかったとしても、最後まで勝負を捨てず楽しんだ時間は決して無駄にはならないはずだから」。

「全身全霊をかけるというのは、あなたのすべての時間とすべての体力を現在の業務に注ぎ込み、たとえあなたの大切なもの健康や人間関係を削ってまでもという意味ではない。冷静に、能率的に、戦略的に、そして、あなたのつまらない欲求をうまく手なずけながら上手に戦えという意味だ」。

会社人生はゲームであり、ゲームは勝たなければ面白くないのだから、マラソンのような長期戦を充実させるためのコツが凝縮している書と受け止めるべきだろう。