榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

恐妻家の日記が、東西を問わず面白いのはなぜか・・・【山椒読書論(72)】

【amazon 『元禄御畳奉行の日記』 『ピープス氏の秘められた日記』 カスタマーレビュー 2012年9月18日】 山椒読書論(72)

元禄時代の総務課係長の場合
元禄御畳奉行の日記――尾張藩士の見た浮世』(神坂次郎著、中公新書)は、はっきり言って、面白い。

元禄時代、尾張藩に朝日文左衛門重章という御畳奉行がいた。御畳奉行というと相当えらそうだが、今で言うなら地方都市の市役所の総務課係長といった役どころらしい。文左衛門は武芸に優れていたわけでなく、俊秀とか逸材とかの文字にはおよそ無縁のありふれた武士であるが、驚くことに約27年間の長きに亘って延々と日記を書き続けたのである。

彼は芝居に目がなく、酒、女には非常に熱心で、博奕に誘われると、強くもないのにのこのこ付いていく。おまけにやたら好奇心が旺盛で、心中事件ありと聞けば真っ先にすっ飛んでいく。気がよくて小心で、気の強い焼き餅焼きの女房に悩まされて悲鳴を上げている。それにしても、女遊びの部分は女房にばれるのを恐れて、自分で考え出した暗号文字を使用しており、何ともいじらしい。

彼は自分のことだけでなく、同僚のサラリーマン武士たちの生態から幕府、藩政への批判まで、一種独特のリアリズムで赤裸々に書き留めている。思わずにやりとさせられる本だが、所々に引用されている原文の部分は、いささか骨が折れるかもしれない。

英国海軍省の役人の場合
ピープス氏の秘められた日記――17世紀イギリス紳士の生活』(臼田昭著、岩波新書。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)も、『元禄御畳奉行の日記』に負けず劣らず面白い。

朝日文左衛門とほぼ同時代のロンドンに、これまた同じような日記を書き綴っている海軍省の役人がいた。このサミュエル・ピープスという役人は約10年間、彼の考案した独特の速記法で日記を書き続け、妻に知られては困るような快楽追求の部分は彼独特の国際語や造語で記している。

ピープスも芝居が好きで、酒が止められず、妻の目を盗みながら、よその女に手を出す。教会に行けば先ず、いい女はいないかと探す有様だ。あらゆる出来事に好奇心を燃やしてヴィヴィッドに描き出す。小心だが、上流階級の頽廃は厳しく見詰めている。

人間って面白い
東の文左衛門と西のピープスは誠にいい勝負だが、それにしても、人間って本当に面白い。