榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

アラビアのロレンスの栄光と悲劇・・・【山椒読書論(229)】

【amazon DVD『アラビアのロレンス』 カスタマーレビュー 2013年7月21日】 山椒読書論(229)

学生時代の出会い以来、私の胸の中には「アラビアのロレンス」が住み着いている。トマス・エドワード・ロレンスに引き合わせてくれたのは、『アラビアのロレンス(改訂版)』(中野好夫著、岩波新書。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)であるが、あの時の感激、興奮は今でも鮮明に覚えている。50年も前に書かれた小冊子だが、アラブ独立運動の指導者、アラビアのロレンスを知るには、現在でも最高の本だと思う。

アラビアのロレンスというと、アカデミー賞7部門受賞の、デイヴィッド・リーン監督、ピーター・オトゥール主演の映画『アラビアのロレンス』(DVD『アラビアのロレンス』<デイヴィッド・リーン監督、ピーター・オトゥール、オマー・シャリフ出演、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント>)を思い浮かべる人がいるかもしれない。これは、ロレンスのアラブ独立運動の体験記『知恵の七柱』(トマス・エドワード・ロレンス著、柏倉俊三訳、平凡社・東洋文庫、全3巻)が映画化されたもので、アラブ統一に邁進するロレンスが生き生きと描かれている。しかし、祖国イギリスの二枚舌外交を知って苦悩するロレンスの描写は十分とは言えない。

「暗い夜空に彗星のように輝くあのような人物は、一世紀に一人しか現れないだろう」と謳われ、あのウィンストン・チャーチルから「彼は我々の時代の最も偉大な人物の一人だと思う。彼の名はイギリス文学の中で、戦史の中で、そしてアラビアの伝説の中で生き続けるだろう」と評されたロレンスとは、どういう人物なのか。

これまで出版されたさまざまな伝記の主張を検討、整理して、すっきりとした回答を示してくれたのが、『アラビアのロレンスを探して』(スティーヴン・E・タバクニック、クリストファー・マセスン著、八木谷涼子、浜田すみ子、加藤裕子訳、平凡社。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)である。確かにロレンスはかなりの変わり者であった。私生児であった。酒を嗜まず、煙草を吸わず、菜食主義者であった。一生、異性を知らなかったといわれている。また、同性愛者、マゾヒストであったかもしれない。しかし、それがどうしたというのだ。そういうことよりも、ロレンスが多彩な才能と抜群の行動力を有しており、かつ、非常に優れた知性の持ち主であったことの方が重要だ、というのが、この本の著者の考え方である。

「ロレンスは時代の先端をいく考古学者であり、有能な秘密諜報員であり、卓越した軍事戦略家、ゲリラ戦指導者であり、挫折したとはいえ確固たる信念を持った外交官であり、優れた機械技術者であり、さらには偉大な作家だった。彼が46歳で死んだことを考慮すれば、全く驚くべき業績である。ロレンスの生きた時代の中に、彼と肩を並べ得る人間は、そう多くない」と評価している。

中野好夫が「悲劇はいつも栄光の道づれという形でやってくる」と述べているように、ロレンスの場合もまた、砂漠の英雄という名声と、矛盾し実行不能な祖国の外交方針に起因する良心の呵責が、まさに手を携えてやってきたのである。そして、この精神的な苦痛はロレンスの生涯に極めて重大な影響を与えることになる。祖国イギリスのアラブに対する裏切り行為がいかにロレンスを苦しめ、絶望に突き落としたかは、『知恵の七柱』の後半部分に幾度となく現れる痛ましい告白によって窺い知ることができる。

ロレンスの事例に照らして、つくづく思うのは、個人の目標、方針と組織(国家、企業など)のそれが一致している人間は、本当に幸せだということである。