榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

業績不振企業・部門の人間必読の実話ドラマ・・・【山椒読書論(261)】

【amazon 『V字回復の経営』 カスタマーレビュー 2013年8月18日】 山椒読書論(261)

V字回復の経営――実話をもとにした企業変革ドラマ(増補改訂版』(三枝匡著、日本経済新聞出版社)は、業績不振企業・部門に所属する人間にとって必読の書である。なぜならば、目を覆いたくなるような悲惨な実態、変革に向けての血みどろの闘い、その後の目覚ましい業績回復のドラマが、臨場感豊かに描き出されているからだ。それも当然といえば当然である。この増補改訂版の巻末で初めて明かされていることだが、著者がコンサルタントとして、そして改革責任者として深く関与したコマツの産業機械を扱う産機事業本部と、その傘下の販売子会社・コマツ産機の実話に基づいているからである。

著者の本書執筆の目的は、シンプルかつ明快である。「日本企業の元気を取り戻すためには、組織の中で『今そこにいる人々』を元気にすることが最大の経営課題なのだ。日本企業の強みは日本人の平均点の高さだ。『今そこにいる人々』が強いリーダーの下で目を輝かせ、戦略ストーリーを共有し、心を一つに合わせて頑張れば、日本企業はとてつもない強みを発揮する余地を残している。それが、本書の最大のメッセージである」。

その具体的な「改革(経営行動) 9つのステップ」は、このように説明されている――第1ステップ「期待のシナリオ」(「具体性不足」の壁を壊す)→第2ステップ「成り行きのシナリオ」(「現実直視不足」の壁を壊す)→第3ステップ「切迫感」(「危機感不足」の壁を壊す)→第4ステップ「原因分析」(「分析力不足」の壁を壊す)→第5ステップ「シナリオ作り」(「説得性不足」の壁を壊す)→第6ステップ「決断」(「決断力不足」の壁を壊す)→第7ステップ「現場への落とし込み」)(「具現化力不足」の壁を壊す)→第8ステップ「実行」(「継続力不足」の壁を壊す)→第9ステップ「成果の認知」(「達成感不足」の壁を壊す)。この9つのステップは、企業・部門だけでなく、個人にも当てはまる。ミドルや若手社員が、仕事の上で問題にぶつかったときも応用可能である。

社長・香川五郎(=スポンサー役)、アスター事業部長・黒岩莞太54歳(=力のリーダー)、経営コンサルタント・五十嵐直樹49歳(=智のリーダー)、室長・川端祐二50歳(=動のリーダー)、課長・星鉄也39歳、子会社課長・古手川修41歳、同課長・赤坂三郎38歳らが繰り広げるドラマは、迫力満点である。印象に残った箇所を摘記してみよう。

●「企業戦略の基本要素として、『ヒト、モノ、カネ、情報』の次にくるのが、『時間』だというのです」。
●「ビジネスユニットの中で戦略連鎖がつながれば、全体戦略、開発戦略、営業戦略、営業活動などが、矛盾や切れ目なくつながりはじめます」。
●事業を元気にするには、「商売の基本サイクル」を貫く「5つの連鎖(価値連鎖、時間連鎖、情報連鎖、戦略連鎖、マインド連鎖)」を抜本的に改善しなければならない。
●組織改革 10の狙い=①事業責任が明確な組織に、②損益が見えやすい組織に、③「創って、作って、売る」が融和して速く回る組織に、④顧客への距離感が縮まる組織に、⑤少人数で意思決定のできる組織に、⑥社内コミュニケーションが速い組織に、⑦戦略を明確にしやすい組織に、⑧新商品育成が促進される組織に、⑨社内の競争意識が高まる組織に、⑩経営者的人材の育成が早まる組織に。
●いかなる改革もすべての出発点は「強烈な反省論」と「改革シナリオ」である。
●「今回はかけ声だけの改革ではありません。新しい戦略とビジネスプロセスが明示されています。明日から何をすればいいのか、はっきりしています」。
●「毎月振り込まれる給料の中に、われわれが自分で稼いだお金がどれくらい入っているかご存じですか?」。
●沈滞していた組織の中では、以前からのマイナスのモメンタムが作用し続けている。そこに社内の改革抵抗者の軋轢が加われば、マイナスのモメンタムはさらに加速することになる。これに対して・・・もし改革の思想、具体的実行シナリオ、およびそのリーダーが強力なら(この3つがすべて揃わなければいけないというのが改革の苦しさの原因だ)・・・やがて改革のプラスのモメンタムが動きはじめる。どちらのモメンタムを動かすのも、他ならない、社員である。
●いくら概念的に「顧客志向になれ」「マーケットインで考えろ」などと言われても、新たな論理で顧客の実態を問われると、「そういう見方はしていなかった」「顧客に聞いてみないと分からない」となる。この作業を通じて初めて、「自分は実は、顧客のことがよく分かっていなかった」と気づいた。
●「株主を重要なステークホルダーだとおっしゃるのも結構でしょう。しかし株主の多くは、電話やインターネット取引で秒単位にコロコロ入れ替わっていく人々です。何のコミットもしない人々です。しかし、日本企業の社員は20年、30年と長い人生を会社で過ごし、朝から晩まで働いてきました。会社の価値を増やす行動をとってきたのは彼らです。ですから、私にとっては社員のほうがよほど重要なステークホルダーです。ところが大問題は、そのステークホルダーたる社員が能力を目いっぱい発揮して働かず、リスクもとらず、つまり何の儲け(ステーク)もなく安住して、結局は他人に補填してもらったおカネで生活していた。そして、そのことに大した危機感を感じなくなっていたという驚くべき事実です」。
●「経営戦略とは端的に言って、激しい企業間競争にどうしたら勝てるかであり、トップはそのための『絵』を組織に提示し続けなければなりません」。
●経営組織の改革とは、「正しい」と思われることを、「愚直」に、必死になってやり通すことである。それには先頭に立つ人の果てしない情熱の投入が必要である。
●「1枚目が問題点を明らかにする『現状認識・強烈な反省論』。2枚目はその1枚目に対応する『方針・戦略を示す改革シナリオ』。3枚目が『アクションプラン』です」。

あなたは、たった一回しかない人生を、張り合いのない毎日で埋め続けていくことに耐えられるのか。答えが否なら、何を措いても、直ちに本書を読み始めるべきだ。