榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

「空間は幻想である」というのは、本当なのか・・・【山椒読書論(265)】

【amazon 『大栗先生の超弦理論入門』 カスタマーレビュー 2013年8月23日】 山椒読書論(265)

素粒子物理学の勉強を始めた以上、難解であろうと超弦理論を避けてやり過ごすことは許されない。そう観念していた矢先に、『大栗先生の超弦理論入門――九次元世界にあった究極の理論』(大栗博司著、講談社・ブルーバックス)が出版されたので、早速、飛びついた次第である。

重力とは何か――アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』(大栗博司著、幻冬舎新書)で、相対性理論と量子力学の融合の先の世界を指し示し、『強い力と弱い力――ヒッグス粒子が宇宙にかけた魔法を解く』(大栗博司著、幻冬舎新書)で、「ヒッグス粒子は『水飴』のようなものではない」と喝破した大栗博司は、非常に難しいことを、素人に可能な限り分かり易く、しかもごまかすことなく説明する達人だからである。こういう素晴らしい伝道師を身近に持っているとは、私たち日本人は何と幸せなんだろう。

「ニュートンの力学では、役者が登場する前のお芝居の舞台のように、空間はあらかじめ存在するものと考えられていました。物質とは、設定された舞台(空間)の中で演技をする役者のようなものであるというわけです。ところが、アインシュタインの一般相対性理論によって、空間は物理現象の起こる単なる入れ物ではなく、その中での重力の働き方と深く関わっていることが明らかになりました。とはいえアインシュタインの理論でも、空間が基本的な概念であることは変わりません。とくに次元というものは、理論を決めるためにはあらかじめ設定しておかなければならないものでした。しかし、ウィッテンの『双対性のウェブ』では、九次元空間の超弦理論で、弦の間に働く力の強さを表す結合定数を変えていくと、一〇次元空間の超重力理論になってしまいました。まるで、個体である氷の温度をあげていくと、融けて液体の水になってしまうように、結合定数を変えるだけで、空間の次元が増減するのです。さらに、マルダセナの対応では、重力を含む九次元空間の理論と、重力を含まない三次元空間の理論が、まったく同等ということになりました」。超弦理論の歴史を理解する上で欠かせないニュートン、アインシュタイン、ウィッテン、マルダセナという4名のキーパースンが登場する、このまとめ的な文章だけだと難しいと感じるかもしれないが、本書を読めば、ちゃんと理解できる仕掛けになっている。

「『温度』というものは、分子の運動から現れる二次的な概念でした。基礎理論の段階では存在しないので、私たちの幻想であるといってもよいでしょう。それと同様に、超弦理論の発展は、『空間』も基礎的なものではなく、二次的な概念であることを明らかにしたのです」。すなわち、著者は、空間とは私たちの「幻想」(本質的なものでなく、あくまでも二次的なもの。思い込み)に過ぎないというのだ。

もともとは「弦理論」という名の理論だったのが、なぜ「超弦理論」になったのか、そもそも次元とは何なのか――など、超弦理論を理解する上で必要な事項が、譬えを用いて丁寧に解説されている。

弦理論を提案したのが南部陽一郎と後藤鉄男であり、二つの弦の間で重力が伝わることを発見したのが米谷民明であり、「トポロジカルな弦理論」と呼ばれる計算方法を開発したのが著者たち4人組であることを知ると、誇らしい気持ちになる。

「超弦理論は、素粒子物理学における究極の統一理論の候補です。超弦理論が自然の基本法則として確立されるかどうかは、検証を待たねばなりません。しかし現状では、重力と量子力学を含み、数学的につじつまが合った唯一の理論です」と、著者は胸を張る。そして、次のような根源的な問題に回答を与えるべく、超弦理論の挑戦は続くと述べている――●重力と量子力学を統合すると何が起きるのか、●素粒子の標準模型は、そのような理論からどのようにして導けるのか、●そのような理論では、ブラックホールの謎はどのように解かれるのか、●宇宙の始まりのような問題に、どのようにアプローチしたらよいのか、●時間や空間の本性は何か。