榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

丸谷才一の書評は、とても人間業とは思えない・・・【山椒読書論(318)】

【amazon 『蝶々は誰からの手紙』 カスタマーレビュー 2013年11月29日】 山椒読書論(318)

丸谷才一の書評は、とても人間業とは思えないほど冴えている。実は、時々、真似てみるのだが、なかなか上手くいかない。ま、当然と言えば当然なのだが。

蝶々は誰からの手紙』(丸谷才一著、マガジンハウス)からも、その凄さの一端を窺い知ることができる。

「書評のある人生」では、「『タイム』の書評欄が作家名を記すとき、スペースの節約のため、アーネスト・武器よさらば・ヘミングウェイとか、ジョン・怒りのぶどう・スタインベックとかですませる手口」が紹介されている。洒落ているなあ。

そして、「書評のある人生」の最後は、「たとへばこんな絶句」と、絶句が引用されている。

ある書評は、「復讐は物語の重要な仕掛けである。『曽我物語』も『モンテ・クリスト伯』もこの動機によつて、劇的に展開する」と始まる。

ある書評の最後は、「それにしても菊地武一の半世紀以上も前の翻訳のみづみづしさに驚く」と締められている。

ある書評には、「五味は、彼女らの信心に支へられて庶民仏教が広がつた、法然の場合も親鸞の場合も母親の信仰が下地になつてゐる、と考へてゐるが、これは充分にうなづける」とある。勉強になるなあ。

ある書評の中に、「映画作法でグランド・ホテル形式と呼ばれる手(同一建物ないしそれに準ずるもののいろいろな区域の人物を追ふ)で書かれた歴史」という一節が出てくる。いつの日か、グランド・ホテル形式の小説を書いてみたいなあ。

ある書評の最後は、「訳文は極上」と、ビシッと決めている。

ある書評の最後は、「静かな口調の痛烈な批判」と、見事な体言止め。

ある書評は、「『ロスト・ジェネレイション』を『失われた世代』と訳すのはをかしい。これはフランスのホテル経営者が第一次大戦後の若者を非難して、『男は十八から二十五までに礼儀作法を身につけるものなのに、この時期に軍隊暮しをした連中はしつけができていない。ジェネラシオン・ペルデュだ』と言つたのを、ガートルード・スタインから聞いて、ヘミングウェイが直訳して使つたもの。「迷子の世代」? 「やけくその世代」? 西川正身の『戦争の世代』といふ訳が、おもしろみは失せるけれど、正確だらう」と始まっている。丸谷は博学だなあ。

ある書評は、「学識に富む話好きな文人の少年期以来の文学生活が、近代日本文学への展望に対して薬味のやうに利いてゐる」で終わっている。スケールが大きいなあ。

ある書評では、途中で、「好奇心の強い方は本書四百ページをごらんあれ」と、親切に勧めている。

ある書評の最後は、「かつ好箇の読書案内である稀有の書」。

ある書評の締めは、「成熟した批評家が書いた、そして成熟した読者が読むのにふさはしい人間研究の書」。

ある書籍は、「白井の小ぶりな本は視野が広く、判断は穏当だし、叙述は冷静である」と、絶賛されている。

ある本は、「言葉を昏迷から救ひ出す快刀乱麻の書」と評されている。どこかで、この表現を拝借したいと考えているが、残念ながら、まだ、その機会がない。

ある書評の最後は、「・・・といふ重大な課題が控へてゐて、読者の心を刺戟するのである」と、文字どおり刺激的だ。

ある書評は、「藤沢周平さんの海坂藩が作者の郷里の庄内藩をモデルにしてゐることは有名で、説明するまでもなかろう」と書き出しているが、丸谷先生はちゃっかり説明しているではないか。

ある書評は、「・・・の研究を読めば、日本文学はまつたく新しい姿かたちで迫つて来るはずだ」と、格調高く終わっている。