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リリー・マルレーンの歌が、敵味方を超えて愛誦された理由・・・【山椒読書論(418)】

【amazon 『リリー・マルレーンを聴いたことがありますか』 カスタマーレビュー 2014年2月21日】 山椒読書論(418)

哀調を帯びた、ゆったりとしたテンポの「リリー・マルレーン」という歌は、いつ聴いても心に沁みてくる。

私がこの歌を知ったのは、33年前のことである。『リリー・マルレーンを聴いたことがありますか』(鈴木明著、文春文庫。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)を読んだら、無性に聴きたくなってしまったのである。

かつて戦争があった。ドイツ軍兵士が熱烈に愛した一つの歌があった。やがて、戦線を超えて敵側のイギリス兵やアメリカ兵もその歌を口ずさむようになった。この敵味方を問わず愛誦された歌の背景をどうしても知りたくなった著者は、ヨーロッパへの旅に出る。

ドイツのマレーネ・ディートリッヒという蠱惑的な大女優が、その名声をかなぐり捨てて、ナチ色に染め上げられてしまった祖国の敵である連合軍側に馳せ参じる。そして、戦場でこの歌に出会うのだ。著者へのディートリッヒ自身からの手紙の中で、こう綴られている。「私が初めて『リリー・マルレーン』を聴いたのは、アフリカ戦線でイギリスの兵士たちが歌っていたときのことです。それはロンメル・アーミーの歌ったものでしたが、ドイツ兵が歌ったのを聴いたわけではありません。私は唯、イギリス軍の歌として、それを聴いたのでした。アフリカのアメリカ軍団は、自分たちのWar Songとして、それを歌っていました。このように外国を歌を自分の歌にしてしまうことは、第一次大戦のときも、同じようにあったことでした」。

「第二次大戦中に連合軍兵士に最もよく歌われ愛された歌で、ディートリッヒは数百回の慰問の時、いつも兵士たちにリクエストされ、遂に彼女の第二のトレード・マーク・ソングになった。ふしぎなことに、この歌はドイツの歌で、第二次大戦初期にドイツ軍が愛誦していた歌だが、いつの間にか連合軍兵士に伝わり、連合軍兵士の歌になってしまった」のである。

ディートリッヒが必ず、「戦争中、シシリー、イタリア、ドイツ、チェコで、すべての兵士が愛した歌」と前置きする「リリー・マルレーン」の1番の歌詞は、「兵営の前 営門のわきに ラテルネ(街燈)が立っていた それはいまでもまだ立っている そこでまた君と逢おう あの ラテルネの下で  もう一度 リリー・マルレーン」で、4~5番も最後は、「リリー・マルレーン」となっている。 

「ヒトラーがアメリカにおけるディートリッヒの名声に眼をつけ、『是非祖国に帰るように』と要請したのは、有名な話である」。ナチスを激しく嫌悪するディートリッヒは、この申し出を敢然と撥ねつけたのみならず、「1943年春、彼女は突如宣言する。『私は映画はやめた。戦場にゆくのだ!』。時にディートリッヒは41歳。だが彼女の心は、恐らくは少女のように、赤く燃えていた」。この小気味よさ!

「事実、彼女は戦場でがんばった。ディケンズの『伝記』には、『彼女は将軍たちの招きには眼もくれず、いつも兵士とともにいた。だからこそ、兵士たちは彼女を愛したのだ』とあり、フレーウィンは『彼女は兵士たちと同じような水で顔を洗い、煤だらけになってジープで駈けずり廻った』と書いている」。

「それは驚くべき体力と勇気と忍耐力だった。事実、ツアーが終るころ、彼女の体力は限界に達していた。肺炎の発作で、何度もペニシリンを打ち続けた。そして、彼女はどこの戦場でも兵士たちが必ず要求する歌――既にその頃、連合軍自身の歌となっていた『リリー・マルレーン』を、必ず歌った」のだ。

「40を越えた、いわば女優として最も危険な曲り角に立っていたと推定できる立場の女性が、なりふりかまわず前線にとび込んでいった裏には、単なる愛国とか憎悪とかをこえた何物かがなくてはなるまい」と、この著者は追究の手を緩めない。

著者は、ディートリッヒだけでなく、「リリー・マルレーン」を最初に歌ったドイツ人歌手、ララ・アンデルセンの数奇な生涯にも一章を割いている。「1941年秋のはじめ、彼女は突然、思ってもみないファンレターの洪水に見舞われた。それは全く、鉄砲水のように、物凄い勢いで、アッという間に彼女を呑みこんでしまった。宛名の名前には『ララ・アンデルセンさま』にまじって、それ以上の数で『リリー・マルレーン樣』というのがあった。差出人はすべて前線の(ドイツ軍)兵士たちで、差出地はアフリカが一番多かった」。彼女が2年半前に吹き込んで、もうとうに忘れていた「リリー・マルレーン」が前線の兵士たちから熱狂的に支持されたのである。

「リリー・マルレーン」の歌を聴くと、この気迫の籠もったルポルタージュを読み返したくなる。