榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

株式市場で勝率100%の仕掛けを構築し、荒稼ぎする悪党たち・・・【続・独りよがりの読書論(27)】

【amazon 『フラッシュ・ボーイズ』 カスタマーレビュー 2015年4月20日】 続・独りよがりの読書論(27)

投資家の必読書

株式運用をしている個人投資家、機関投資家、証券業界関係者であれば、必ず目を通さねばならない本がある。証券業界の超高速取引のまやかしを暴いたノンフィクション『フラッシュ・ボーイズ』(マイケル・ルイス著、渡会圭子・東江一紀訳、文藝春秋)が、それである。

謎の解明に向けて

「カナダロイヤル銀行は、ウォール街から見れば二軍の投資銀行だった。ブラッド・カツヤマは、2006年のある日、買い注文を執行しようとして奇妙なことが起こっているのに気がつく。売りに出ていたはずの注文が、取引ボタンを押したとたんに蜃気楼のように消えてしまったのだ」。

この疑問が出発点となり、ブラッドとその仲間たちの粘り強い調査・追跡が始まる。少しずつ、そのからくりが浮かび上がってくる過程は、刺激的で迫力がある。やがて、常に先回りしているあくどい奴らの存在に気づき、遂に、犯人は超高速トレーダーであることを突き止める。「謎を解く鍵は、通信業界を渡り歩いてきた技術者のローナンからもたらされた。10億分の1秒の時間差を問題にする人々がそこにはいた。超高速取引業者。注文がすべて約定できる良心的な取引所とトレーダーたちが考えていたBATS(証券取引所を介さずに証券を売買する電子取引所)は、実は彼らの餌場だった」。

勝率100%の手品の種明かしをすれば、フロントランニング(先回り)の一種、すなわち、顧客から注文を受けた証券会社などの仲介業者が、その売買が成立する直前に注文情報をもとに有利な条件で自己売買して儲けるのに類した手口である。後出しじゃんけんなら、常勝は当たり前だ。

背景に広がる暗闇

しかし、話はそう単純ではない。本書の舞台となっている米国では、リーマン・ショック後、証券取引所はニューヨーク証券取引所やナスダックだけではなく、いくつもの取引所が設立されるようになったこと、この取引所分散化によって、人の手による不正が排され、真に公正な市場が訪れるはずであったのに、却って捕食者たちに恰好の餌場を与えてしまったことが、背景にある。

分散化した取引所の信号の伝わる、その一瞬の時間差を利用して。一般投資家の注文を嗅ぎつけ、先回りして荒稼ぎする超高速取引業者は「フラッシュ・ボーイズ」と呼ばれる。そして、フラッシュ・ボーイズに取引所の空いたスペースを売り、サーヴァーを置かせ、時間差という武器を売って利益を得ているのがニューヨーク証券取引所やナスダックなどの取引所自身なのである。クレディ・スイスなどの投資銀行もダークプールなる私設取引所を設け、投資家の注文情報をフラッシュ・ボーイズに売っているというのだ。さらに、本来はこれらを取り締まるのが仕事のSEC(証券取引委員会)も、幹部が超高速取引業者に天下るなど、皆、ぐるなのである。「食い物にされているのは、なけなしの年金や給与を年金財団や投資信託にあずけている普通の人々である」という訳者の指摘が虚しく響く。

「かつてないほどスピードが増す金融市場において、ウォール街の大手投資銀行の強みは、実は一つしかなかった。自分たちの顧客の株式市場での最初の一撃だ。顧客が自行のダークプールにとどまっていれば、その暗闇(ダーク)の中で、顧客を食い物にして利益を得ることができた。しかしダークプール内でさえも、投資銀行は本当に優秀な超高速取引業者ほど効率的、あるいは徹底的に仕事をこなすことはできない。自分より狩りに長けた捕食者に譲ろうという圧力に逆らうのは難しい。そのほうがすばやく確実に獲物を仕留めてもらえるし、仕留めたあとにはジュニア・パートナーとして饗宴のお相伴にあずかれる。ただその場合は、パートナーというより後輩(ジュニア)に近い立場になるだろう。たとえばIEX(ブラッドらが立ち上げた取引所)が目撃したダークプールでのさや取りでは、超高速取引業者が利益の85パーセントを獲得し、銀行はたった15パーセントだった。ウォール街の大手投資銀行は、歴史的に実入りのいい仲介者の役割を担ってきたが、株式市場の新しい構造によって、その役を奪われることになった。そしてどの銀行にとっても不愉快なリスクがいくつか生み出された。それは顧客が自分の株式売買注文に何が起きているのか気づくかもしれないこと、そしてテクノロジーは故障する可能性があることだ。市場が崩壊したり、再びフラッシュ・クラッシュ(ごく短時間の間に生じる株価の暴落)が起こったりしても、超高速トレーダーはその責任の85パーセントを負うわけでもなければ、その後必ず起きる訴訟コストの85パーセントを負担するわけでもない。その責任とコストの大部分は、銀行が負担することになるのだ。ウォール街の大手投資銀行と超高速トレーダーとの関係は、社会全体と銀行との関係に少しばかり似ていた。ことがうまく進んでいるときには、超高速取引業者が利益のほとんどを得て、ことがうまく運ばなくなると、超高速取引業者は姿を消して、銀行が損失を被る」。

対抗手段は

からくりが判明してから、ブラッドらは投資銀行を辞め、個性豊かな人材を糾合して、巨大システムによる詐欺を無効にするため、自分たちの取引所を立ち上げている。

日本におけるフラッシュ・ボーイズについては、巻末の解説に詳しい。