榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

いつの時代も、下層の人々は辛い目に遭っている・・・【情熱的読書人間のないしょ話(54)】

【amazon 『胸に棲む鬼』 カスタマーレビュー 2015年4月13日】 情熱的読書人間のないしょ話(54)

晴れ間に散策に出かけました。新緑の若葉に季節を感じながら歩いていると、突然、桃色の帯のようなシバザクラに出会いました。何枚か写真に収めましたが、女房の勧める角度からのものが一番よく撮れていました。因みに、本日の歩数は12,675でした。

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閑話休題、書斎の本棚を眺めていたら、短篇集『胸に棲む鬼』(杉本苑子著、講談社文庫。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)が目に留まり、収載されている『鞭を持つ女』を読み返してしまいました。

奈良時代の話です。「人買いと、世間では言う。まさしくその通りで、加々女(かがめ)の仕事は奴婢の周旋であった。いっぱし女だてらに、奴隷市場では幅をきかせている」。

加々女が養女にした珠児(たまこ)が美しく成長して、今では加々女の仕事を手伝っています。「『牛や馬を牧で飼うように、男奴(おやっこ)と女奴(めやっこ)を囲いの中で飼ってはどうかしらね母さん』。奇想天外な、そんな着想を珠児は口にしたりする。『仔馬や仔牛を増やすように、奴同士を番(つが)わせて子供を生ませるのよ』。奴隷の数は、おおむね不足していた」。「それまでは傭い主、買い主側の求めに応じて奴隷市場から奴婢を仕入れ、右から左へ引き渡して口銭を取っていただけだが、以来、加々女は方針をすこし変えた。むろん従前通りの商いもつづけることはつづけていたけれども、そのほかに珠児の提案にしたがって『奴隷の牧畜』を併行しはじめたのである。裏の空地に建てたのは、逃亡防ぎの柵を厳重にめぐらした檻とも見える一棟だった。奴隷どもを仕入れてくると、健康そうな男女だけを選り分けてこの小屋に追い入れ、二、三日昼夜の別なく、好きなだけ番わせる」。

「和銅八年に公布された格(きゃく)では、『男奴一人の価格は銭六百文、女奴四百文』と規定されたが、お上のきめた値段などおおよその目安にすぎない」。

「肩で息をしているような妊婦を、鞭を鳴らして裏の小屋に追い入れるのは珠児だ。老いの目立ちはじめた加々女に代って、近ごろ商売を取りしきりだした彼女が、その右手から離さないのは、細い、しなやかな革鞭であった。・・・若い、柔かな女奴の皮膚など二打ちか三打ちでたちまち破れ、血を噴き出した」。

「『お前たちはそこへ束にして売ってやるから、奴婢長屋ではせっせと婚(まぐ)わって、この女どもをみごもらせる算段をおし。母子、兄妹、他人の妻・・・。組み合せなどどうだっていい。人倫なんてことにこだわるのは、人間だったころの話なのだからね、牛馬同様、買い主の財産になった上は、子を作って増えてあげるのもお前たちの仕事の内なのよ』」。

史料の僅かな記載に触発され書かれています。時代も、状況も異なるのですが、現代の貧困女子、貧困母子家庭のことを思い合わせてしまいました。