榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

信長、秀吉、家康を自由気儘に料理する、作家5人の座談会・・・【情熱的読書人間のないしょ話(879)】

【amazon 『合戦の日本史』 カスタマーレビュー 2017年9月12日】 情熱的読書人間のないしょ話(879)

あちこちで、さまざまな色合いのキノコを見つけました。因みに、本日の歩数は10,008でした。

閑話休題、『合戦の日本史』(安部龍太郎・伊東潤・佐藤賢一・葉室麟・山本兼一著、文春文庫)は、5人の作家が織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、幕末の人物について自由気儘に語り合った座談会の記録集です。史実に則った見解だけでなく、想像力を働かせた発言もあり、知的好奇心を刺激される一冊です。

「●葉室=(明智)光秀の能力でいうと、いちばんすごかったのは信長暗殺を成功させたことですよ。マキアヴェリが暗殺で一番肝心なのは秘密保持だと言っているんですが、あれだけ情報収集力を誇っていた信長に対して、どうやったら悟られずに軍勢を仕向けることができるのか。実行部隊を完全に掌握し、ひとつのタイミングを目指して成功させたのは、なかなかできることではありません」。

「●葉室=(お世辞やごますりが巧みな)タイプは戦国時代でもいっぱいいたと思うんですね。その中でなぜ秀吉が成功したのか、それはおべんちゃらだけではない何かを持っていたんでしょうね。●伊東=人間洞察力、つまり、この人は何を求めているのかを掴む力に長けていたのでしょうね。●葉室=信長と付き合うだけでも大変な能力ですよ(笑)」。

「●安部=(関ヶ原の戦いの)均衡を破ったのが、家康が態度の煮え切らない小早川(秀秋)に脅しをかける意味で、松尾山に鉄砲を撃ちかけたことだとされています。ところが、実際にあの場に行ってみると、とても鉄砲が届く距離ではないんです。●伊東=実験を何度しても、音さえ聞こえないと言いますよ。●葉室=そういうエピソードがないと家康が勝った感じがあまりしないので、やはり徳川の威光を示すためには必要な話なんだろうと思います」。

「●安部=鎖国以外に家康以降の政策で特徴的なものは、やはり灌漑と新田開発ですね。江戸の多くは低湿地帯で耕作にも居住にも向かないところだった。それを利根川の東遷工事で広大な関東平野が生み出され、家臣たちを送り込んで開墾事業を行った。いわば設備投資を1590年の移封から、延々とやり続けてきたところは家康の家康たるゆえんでしょう」。

「●安部=僕は(徳川)綱吉の時代に重用された柳沢吉保は、明治維新より100年以上も先取りして大政奉還をして、統一国家を作り直さないといけないという構想を持っていたのではないかと考えています」。

「●伊東=盤石な徳川幕府を揺るがすには、長州藩のように暴発する存在が必要でした。その思想的なリーダーこそ吉田松陰です。誰かひとり志士の中で重要な人材を挙げるとしたら、私は彼を挙げます。●葉室=実は吉田松陰の思想の根幹というのはよく分からないところもあります。水戸学の影響を受けて尊王思想を得たのだと思いますが、むしろ行動的な詩人として捉えたほうがわかりやすいと思います。純粋で、誰に対しても差別感がまったくない、良心的な人物なんですよ。本人が意図したわけではなく、自分が信じたことにぶつかって行動したからこそ、世の中を動かすことができたのではないでしょうか」。

「●葉室=近代化の準備が各地で進められていたこの頃、幕府は老中・阿部正弘の政権で、大名では薩摩に島津斉彬、肥前に鍋島閑叟、福井に松平春嶽がいて、賢い殿様が結構揃っているんです。この人材で何とかできれば良かったんですが・・・。●伊東=春嶽の側近だった橋本左内は、議会政治まで視野に入れた新政権の構想を持っていました。ところが左内は安政の大獄で処刑され、阿部正弘や島津斉彬といった開明派は病没してしまう。これにより公武合体派による近代化路線は、大きな打撃を受けます」。

「●葉室=確かに西郷隆盛は一度も攘夷活動はしていませんね。これは篤姫を徳川家定に嫁がせた藩主の島津斉彬が開明開国路線であり、死後もその政治方針をいかに貫くかを信条としていたからでしょう。判断力や決断力に富み、修羅場の処理が出来る人物の西郷は、色々なことをやり抜いていきますが、本来、単純な攘夷派ではない。途中までは明らかに公武合体派であり、四賢侯会議による政治改革派でした。それを積み上げようと努力してもどうにもままならない。とても無理だと勝海舟には言われ、第二次長州征伐で長州がたった一藩で勝ってしまう。高杉晋作と大村益次郎がいたからこそですが、これを見て幕府を倒せるという発想が生まれたのでしょう。●伊東=斉彬が存命していたら、西郷は最後まで倒幕派にはならず、四賢侯会議という方針を曲げなかったと思います。ところが、斉彬の跡を実質的に継いだ島津久光では、斉彬の代わりは務まらないと考えたことから、致し方なく倒幕という方針に変わっていったわけです」。

「●安部=満洲国というのは、日本で負け組だった人たちが、自分たちの理想国家を夢見たところだったわけですからね。日本の軍部は藩閥によって偉くなった上層部が多く、石原莞爾のように死にもの狂いの勉強をして這い上がってきた有能な軍人と議論すると負けてしまう。そして最後はそれを統制することが出来なくなってしまったんだと思いますね」。

歴史上の人物を語りながら、作家自身の本音が表出しているところに、本書の魅力があると言えましょう。