榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

あの時、娼婦になれなかった自分を激しく責める処女の物語・・・【情熱的読書人間のないしょ話(914)】

【amazon 『江口の里』 カスタマーレビュー 2017年10月15日】 情熱的読書人間のないしょ話(914)

近くの公園の池で、金色に輝くコイが気持ちよさそうに泳いでいます。ハロウィーンが近づいてきました。因みに、本日の歩数は10,245でした。

閑話休題、都立富士高時代、私は文芸部に属していたが、唯一の男子部員でした。部の上級生たちが、当校の先輩には、あの有吉佐和子がいるのよと熱っぽく語るのを聞かされたものです。その後、有吉の長篇をいくつか読んで、その実力は承知していたつもりだったが、今回、『江口の里――初期短篇集』(有吉佐和子著、中公文庫)を繙いて、腕の確かさを再認識させられました。

本書には5短篇が収められているが、一番強く印象に残ったのは、『海鳴り』です。

81歳の一木音彦は、大蔵大臣、東京市長、日銀総裁などを歴任した大物だが、現在は零落し、海辺の漁師のみすぼらしい家に下宿しています。経済雑誌の22歳の編集者・水尾冴子が彼の回想記の連載原稿を依頼に訪れたことから物語が幕を開けます。

冴子を気に入った一木は、何度も冴子を呼び寄せ、厚くもてなします。最後の原稿を渡す日、遂に冴子の手を強く握り、抱きつこうとします。

終始、一木の思いを撥ね付けてきた冴子は、翌年の春、一木の死を新聞で知ります。

冴子と婚約者との間で、このような会話が交わされます。「処女って無力だってことが悲しかったの」。「なんだって?」。・・・「一木さんが、ただ気味が悪かった。どうして私は一木さんを労れなかったの? 消えようとしている生命が、たった一つの倚りどころを求めたときに、何故私は応えることができなかったの?」。・・・「残念だと思うの。口惜しいと思うの。人間を甦らせる性能を女は持っていると知ったのに、その女になれなかった私が恥ずかしいわ。一木さんにすまないことをしたと思うわ。でも・・・」。・・・「冴ちゃん、何を取り乱してるんだ。大変なことを口走ってると思わないか? 求める男に応えるのは娼婦のすることだ」。「そうだわ。その意味で娼婦は素晴らしいわ」。

冴子を巡り、「一木音彦の性の歔欷(=むせび泣き)、(一木を訪問時、知り合った)岡野義雄の性の憧憬、(婚約者)青山卓也の性の潔癖」が交差する、愛とは何かを考えさせられる作品です。