榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

三階建ての洋館で、六代に亘り繰り広げられた、おどろおどろしい物語・・・【情熱的読書人間のないしょ話(963)】

【amazon 『鬼の家』 カスタマーレビュー 2017年12月11日】 情熱的読書人間のないしょ話(963)

街の中でも、季節の移り変わりを感じます。ナイキの創業者の自伝『SHOE DOG』を一気に読み終わり、一気に書評を書き上げました。編集長に送りましたので、近日中にミクスOnlineに掲載されるでしょう。棺桶に入る直前まで、読書は止められそうにありません(笑)。

閑話休題、『鬼の家』(花房観音著、KADOKAWA)を読み終わった途端、思わず周りを見回してしまいました。どこかに鬼が蹲っていないかと。

明治時代初期に、京都の一角に建てられた三階建ての豪奢な洋館が物語の舞台で、屋敷の前には大きな桜の樹があります。この建物を建てた初代に始まり現在の六代目に至るまで、おどろおどろしい世界が綿々と綴られていきます。世代が替わるごとに、語り手も替わっていきます。

「獣の形のまま、李作は腰を動かし、桜子は声をあげて泣いていた。私は寂しかったのだ――。口だけの愛をささやく夫よりも、もっと確かなものが欲しかった――。夫が死ぬことにより、私はこの男を手に入れた――だから夫の死は悲しくない――。桜子の今の雄叫びと涙は、悦びだった。『そんなにいいか』。『いい――死にそうや・・・こんなんはじめてで』。『死にたければ死ねばいい』。男の動きが速まっていく」。

「女が三階から階段を駆け下りてきたのも見かけたことがあります。僕がぎょっとしたのは、女が裸だったからではなく、身体に無数の傷があったからです。女は泣いていました。若くはない、肉付きのいい女です。すぐに三階の部屋から、数人の男の人たちが現れて、女を連れ戻そうとしました。女は泣いて『止めて! もういやっ!』と抵抗しましたが、屈強な男たちの力には勝てません。部屋に連れ戻されると、しばらくは途切れ途切れに女の鳴き声が漏れてきましたが、すぐに静かになりました」。

「食事以外は一日寝室にこもりきりになる私たちを使用人たちがどう思うのかと考えたら恥ずかしぃてたまらんかったんです。この前まで男を知らんかった私がこんなにも悦びを得ていると悟られているようで――それでも夫婦なんやから何を気がねすることもあらへんし、私は快楽が深まるとともに、自分の知らない自分の身体が塔一郎さんにより呼び覚まされることで驚きの連続でした。私は夜ごとに身体を夫により変えられています。こんな楽しいことはないという発見は私の心も身体もゆるやかに変えていってくれました。男と女というのは、心だけではなく身体をつかって関係を深めていくのだと知りました、だからこそ塔一郎さんがいない夜の寂しさがつのります。私は火照る身体をひとりで塔一郎さんのことを想いながら慰めることも覚えました」。

「綾彦がいつか僕に言ったように、鬼というのは人の恨みや憎しみ、つまりは悪意なのです。人間誰もが抱き、普段は無かったかのようにしている醜い心なのです。鬼は生き続けるために、それらを喰うのです。僕が綾彦を恨めば恨むほどに僕は鬼の美味しい餌となるのです。この家に昔から巣くう鬼たちが、今もこうして僕の足や腕にからみついて歯を立てて喰いついています。僕の心をなぶる綾彦の、昔の恋人の前で新しい男と睦み合う芙紗子の、こんな境遇になってしまった僕の、腐臭を発する醜悪な魂を啜っています」。

この屋敷には、憎悪という鬼たちが棲み着いていたのです。