榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

作詞家の阿久悠と松本隆を軸に辿る歌謡曲の栄枯盛衰史・・・【情熱的読書人間のないしょ話(973)】

【amazon 『阿久悠と松本隆』 カスタマーレビュー 2017年12月21日】 情熱的読書人間のないしょ話(973)

あちこちでカンツバキが咲いています。ツバキという名前が付いていますが、ツバキよりサザンカに近縁の品種のため、同時期に咲くサザンカとの鑑別は専門家でも苦労するそうです。ナンテンが赤い実を付けています。カキの実が未だこんなに残っています。因みに、本日の歩数は16,788でした。

閑話休題、歌謡曲を聞いていて、この歌詞は素晴らしいなと思ったときは、誰が作詞したのか確認するのが私の癖ですが、そのほとんどが阿久悠でした。阿久の言葉の選び方、使い方は、情景や情感が臨場感豊かに迫ってくる、彼独特のもので、他の追随を許しません。文章を書くときは、彼の文章術を少しでも盗みたいと願ってきました。

私にとって、阿久悠は屹立する偉大な作詞家であり、松本隆という作詞家の名前は、『阿久悠と松本隆』(中川右介著、朝日新書)を手にするまで知りませんでした。

「かくして――(1981年に)阿久悠から松本隆へと鮮やかな交代劇が演じられたのだ。松本隆は阿久悠の12歳下になる。まさに一まわり違い。これほど分かりやすい世代交代の瞬間はない」。「阿久悠がトップランナーとして独走しているかに見えるときも、松本隆は次のステージを目指して壮大なビジョンを描き、彼のビジョンを具現化できるミュージシャンと歌手の登場を待った。その『とき』が到来したのが、1981年だったのである」。

「松本隆が歌謡曲の世界へ本格的に足を踏み入れた時、すでに阿久悠は『歌謡曲らしくない曲』を書く歌謡界の巨匠だった。しかし阿久悠な、松本隆が乗り越え打倒しなければならない古い歌謡曲の象徴ではなかった。阿久悠もまた改革者であり、古い歌謡曲をどうにか変えたいと悪戦苦闘している人だった。同志という雰囲気でもないが、倒すべき敵でもない」。

「阿久悠は決して『70年代だけの作詞家』ではない。しかし80年代の阿久悠は、もはや時代を代表することはできなかった。この頃から阿久悠は、エッセイでも対談でも、悲痛なまでに『歌と時代とが密接な関係を喪った』と嘆く。・・・時代は変わったのに、阿久悠は変わろうとしなかった。永遠に70年代を代表し象徴することを自らに課していたのだろうか」。

「阿久悠が活躍したのは、歌謡曲がレコード会社とテレビ局によって、大衆娯楽の頂点にあった時代――1億人へ向けて歌が作られ、売られ、買われていた時代だ。その時代に歌謡曲の世界へ飛び込んだ松本隆は、最初から1億人へ向けることの無意味さを認識していた。歌が時代と不可分ではなくなることも認識し、それゆえに永遠性を持てると考えた」。

「松本隆の方法論こそが、1980年代の価値相対主義時代における歌謡曲のあり方だった。阿久悠から松本隆への転換は、歌と時代の関係が密接であったものから、関係性がなくなる状況への転換でもあった」。

著者・中川右介の著作は、彼独自の方法論に立脚した力作揃いです。本書も力作であり、展開されている著者の主張は理解できますが、全面的に賛同できないのは、私が著者より15歳年上という世代的な懸隔の故でしょうか。そう言えば、阿久と松本も12歳差でしたね。いずれにしても、100年後には、阿久と松本のいずれが作詞家として高く評価されているか、はっきりしていることでしょう。

いろいろな意味で読み応えのある一冊です。