榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

夫が出稼ぎに行っている隙に、村の卑劣な男に犯されてしまった若妻・・・【情熱的読書人間のないしょ話(983)】

【amazon 『越後つついし親不知』 カスタマーレビュー 2017年12月31日】 情熱的読書人間のないしょ話(983)

昨夜は、月が冴え冴えとしていました。クロガネモチの大木が赤い実をたくさん付けています。コルディリオ・アイチアカの鮮赤色の葉が太陽を受けて輝いています。水上勉の『越後つついし親不知』を一気に読了しましたが、この季節に読むと、余計、哀しみが心に沁みます。因みに、本日の歩数は10,254でした。

閑話休題、短篇集『越後つついし親不知(おやしらず)』(水上勉著、新潮文庫。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)所収の『越後つついし親不知』には、払っても払っても取り除けない哀しみが絡みついています。

「越後(新潟県)の親不知から、断崖を削ぎ割ったようにして入りこむ歌川の渓流にそい、約五キロばかり山奥へのぼりつめたところに歌合という寒村があった。戸数わずかに十七戸。・・・なにぶんとも天下の難所といわれた北陸道随一の嶮しい山にかくれた雪ぶかいところである。電燈もなければ、ラジオもなかった。昭和十二年ごろは、まったく文化の流れと隔絶された孤島のような部落であった」。

「この歌合の村に瀬神留吉という杜氏が住んでいた。留吉は三十一だったが、五尺に足らない小男で、寸詰まりの額のせまい顔をしていた。なかなかの働き者だった。もっとも、猫のひたいほどの田畑を守っているだけでは、妻と母の三人暮しもようやくのことで、留吉は、足腰のたたなくなった母を家に寝かせていたから、物要りが嵩んだこともあった。妻のおしんとふたりで渓下の田畑へゆき、春夏は麦、陸稲、野菜を穫り、冬は京都伏見にある大和屋という醸造元へ杜氏に出た。留守中は、妻のおしんは、石灰小舎へ菰あみに出て稼いだ。おしんも留吉に似てよく働いた。おしんは留吉と六つちがいの二十五だった。背がひくかったけれど、色白で、ちまちまと整った顔だちをしていて、躯つきも、小柄なわりに鳩胸だったし、お尻もふっくらと肥えていて、男好きのするかわいらしさがあった」。

「留吉は、おしんが働き者の上に、病母を大事にしてくれるので、感謝した。朝早く起き出、留吉といっしょに野良で働いたあと、家へ帰ると、病母の食事をすませて、汚れたものを洗濯した。寝につくのは夜が更けてからだ。しかも、何一つ不平はいわない。留吉はおしんを愛した」。

ところが、留吉が伏見で律儀に働いている4カ月の間に、おしんは村の男に手籠めにされてしまうのです。しかも、たった一度のことなのに、子を身籠もってしまいます。

おしんに対する獣欲を抑えられなかった卑劣な男に対する激しい怒りを感じると同時に、不条理な結末に胸が痛みます。胸底にしんしんと哀しみが降り積もる短篇です。