榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

芥川龍之介の魅力を再認識させてくれる一冊・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1014)】

【amazon 『芥川龍之介――没後九十年 不滅の文豪』 カスタマーレビュー 2018年2月1日】 情熱的読書人間のないしょ話(1014)

昨夜は、スーパー・ブルー・ブラッド・ムーンと呼ばれる天体ショーを楽しむことができました。月が赤銅色に染まり、皆既月食が最高潮に達しました。

閑話休題、『芥川龍之介――没後九十年 不滅の文豪』(河出書房新社・文藝別冊)は、洒落た趣向が凝らされています。現代の作家たちが自分の「イチオシ芥川短篇」の推薦文を書き、それに続いて該当短篇が掲載されているのです。

例えば、篠田節子による「あまりにも完璧な作品『地獄変』」は、こんなふうです。「元となった『宇治拾遺物語』の方は、自分の家が火事になって逃げ出した絵仏師良秀が、自宅の焼け落ちるのを見ながら、妻子の安否を気遣うこともなく、うまく描けなかった不動明王の火炎がこれで描ける、と喜んでいた、という、ごく短く単純な話だ。それを龍之介は、絵仏師が自らの作品のために愛娘が目前で焼かれるのを見極め、屏風絵を完成させる、というドラマティックで大がかりな一大絵巻に仕立てている。登場人物の内面を語り手の視点から客観的に映画的な視覚描写で追っていくのが、まさにハードボイルドで、効果的なシーンを積み重ね、それらが終盤、華麗で禍々しい牛車の炎上風景となって一気に弾ける。格調高い文章表現と、一点の破綻もない起承転結。さすがに書き写しはしなかったが、小説とはこうありたいと駆け出しの作家に思わせる、手本のような作品だった。・・・『地獄変』は自らの芸術のために愛するものを犠牲にする絵仏師の狂気の物語という体裁を取りながら、プライドの高い芸術家と世俗的な権力者との葛藤をも描き出している」。

「文芸に限らず、美術も音楽も、それまであったものから大きく一歩踏み出した新奇なものが創成されるのは、創作者が自らの足下や頭上にある伝統や分野から大きく外れた場所にある知識や情報に触れ、そこに起きた激しい化学反応を自分のものにしたときだ。・・・希代の秀才にして知識人であった芥川龍之介が、西洋文化や古典にアプローチし、彼なりに理解し、自らの内に取り込むことによって生み出したものは、紛れもなく芥川の本質に沿った独創的な作品群であろう」。

本書に収録されている『地獄変』は抄なので、全文をじっくりと読み直したくなってしまいました。

芥川が雑誌のアンケートに答えた「執筆の実際」は、率直に記されています。「創作を書き出す前は、甚だ愉快ではない。便秘している様な不快さである。書いて行くうちに行き詰れば、そこで一まずやめる。そのままその作を抛り出してしまうこともある。しかし、いつかまた、それを必ず書き上げる。・・・一年じゅうでは、冬から春へかけての季節が、僕の創作気分に、一番適っている。一日じゅうでは、午前が、最もいい。しかし、夜も書く」。