榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

迷った暗い森の奥で、さまざまな愛が浮かび上がってくる・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1042)】

【amazon 『はやく老人になりたいと彼女はいう』 カスタマーレビュー 2018年3月1日】 情熱的読書人間のないしょ話(1042)

数羽のコゲラがギーッ、ギーッと鳴きながら幹から幹へと飛び移るのを観察していたら、1時間近くが経過していました。シジュウカラやツグミもやって来ました。因みに、本日の歩数は10,342でした。

閑話休題、『はやく老人になりたいと彼女はいう』(伊藤たかみ著、文藝春秋)には、いろいろ考えさせられました。

子供同士の愛とは何か、若い時の愛とは何か、中年時代の愛とは何か、老人になってからの愛とは何か、さらに、年老いたパートナーが亡くなってしまった後の愛とは何か――という、愛を巡る物語が、奥深い森の中で迷ってしまった登場人物たちを通して描かれているからです。途方に暮れた彼らが右往左往する暗い森は、容易には抜け出せない、簡単には解答を出せない「愛」を象徴しているのかもしれません。

かつての新興住宅地の夏祭りの会場からスタートした肝試しの途中に深い森の中で道を見失ってしまった小学4年生の和馬と美優。和馬と美優を探しに森に分け入り、自分たちも迷ってしまった和馬の母親・麻里子と、麻里子の昔の恋人で、美優の父親・敬吾。和馬と美優が出会った、森の中をさまよう得体の知れない老婆。

「和馬は美優の手前、なんでもないふりをしてみせた。本当は、真っ暗なこの林道を一人で下りたことなどない。・・・なにせこのあたりは、地図にも載っていないという都市伝説が、ネットでささやかれたほどの僻地だ。けれど今夜は、女の子と二人きりなので、めげずにやりとげたい」。

「(中学時代から就職後1年目まで付き合い、4年近く同棲した敬吾の)その手を離したのは、今から十年以上前のことだ。東京で一緒に暮らしたあと、彼と別れて三重県に戻ってきた。結婚して、子供ができて、今は一人になった。それからは、誰かとまた手をつなごうとしては、つかみ損ねたり、滑ったりして、いつのまにか手持ちぶさたなことにさえ慣れてきた。それっていいことなのか、なんなのか。最近の私は、自分が老人になったときのことを考える。人生のいろんな面倒をどうにかやりすごしたあと、私の心には何が残っているのか知りたくなる。いろんなことから、早く卒業してしまいたい」。

「私がビッチだなんて、とんだお門違いだ。今ではもう、セックスさえ卒業したい。ただただ心だけになって、平穏に暮らしたい。誰かと、心だけでつながっていたい。私は、早く老人になりたい。とんでもなく歳をとってしまいたい」。

「今、私はまた、老人になりたいという欲望に取りつかれてしまった。早く、怒りだとか悲しみだとか、そんな感情から解放されたい。心まで干からびたい。私の内側はまだじゅくじゅくとしているのだ。わかってもらえないという悲しさがにじみ出してくる。気がつくと、(ずっと年下の現在の恋人)キヨシくんに電話をしていた」。

「ちなみに敬吾は現在、妻と別居中である。妻のほうから別居を持ちかけてきたのだが、結局は敬吾のほうが家を出る形になり、もう一年半にもなろうとしていた。妻は、『私はこのまま、あなたの妻でいていいのかなって思うの』と言うのだった。敬吾の想像するようないい妻ではいられないのだ、と」。

「(老婆)ちづ子は、できる限り自分で看病を続けることにした。こうして夫は二度目の吐血のとき、絶命した。病院に着く前、救急車の中ですでにこと切れていたようだった。ちづ子は、これでようやくほっとできた。もう夫を奪われることもない。今より悪いことは起きない。あとは、よくなるだけだ。これが、ようやく訪れた幸せだった。長い恋が終わって、やっと愛の季節が始まったように思えた。本当の夫婦の愛。肉の介在しない、心の愛だ」。

「お母さんは、子供のことをちゃんと見ないで、ふらふら彼氏を探してばかりいるから、大事なことがわからなくなるんだと文句を言ってやった」。

「おばあさんは骨に語っていた。『今まで、一度もあなたに言うてへんことがあったけど』。そのあと何を言うのかなと黙って聞いていたら、あんたともういっぺん結婚したいわと、(土葬の墓から掘り出した)飴色の頭蓋骨につぶやいている」。

この著者の本を初めて読んだが、もっと早く読んでおけばよかったなあ。