榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

93歳の商売人・伊藤雅俊の若い世代への遺言書・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1196)】

【amazon 『伊藤雅俊 遺す言葉』 カスタマーレビュー 2018年8月3日】 情熱的読書人間のないしょ話(1196)

今朝、今季初めて、ツクツクボウシの鳴き声を耳にしました。緑色の複眼が目立つアオメアブの交尾を目撃しました。上が雌で下が雄です。ミスジマイマイを見つけました。ツユクサの花は、よく見ると、美しい青色をしています。黄色い花を咲かすオオハンゴンソウが群生しています。因みに、本日の歩数は10,668でした。

閑話休題、若い読書仲間の只野健から『伊藤雅俊 遺す言葉』(伊藤雅俊・末村篤著、セブン&アイ出版)を薦められました。本書は、一商売人と自称する93歳の伊藤雅俊の若い世代への遺言書と言えるでしょう。

著者の考え方は、非常にシンプルかつ明快です。「恐慌や戦争を体験した旧世代は、すっかり少なくなりました。悲惨な歴史の記憶が薄れること自体は結構なことなのですが、究極の悲劇ともいえる戦争の体験者がいなくなり、戦争の理不尽、不条理さに比べれば――という価値尺度を持たない人たちには、問題が実態以上に大きく見えることもあるでしょう。・・・大事なのは、人間の心と考え方です。人間の考え方次第で、世の中の変わり方も変わるのです。傲慢で俺が俺がと自己主張する人、恵まれた境遇や贅沢を当たり前と思う人、自信過剰で恐れを知らない人ほど恐ろしいものはありません。自分一人で生きていると考える人が創る世の中は、想像するだけで気持ちのよいものではありません。そうではなく、質素な生活態度と、温かな思いやりの心を大切にし、成功しても自分一人の力ではなく、陰に陽に自分を支えてくれた人に感謝する謙虚な気持ちを忘れず、誠実に、真摯に生きる人が創る世の中を想像してください。精神論ではなく、どちらが人間として気持ちよく、真っ当な世の中かは明らかです」。

「当たり前のことを当たり前にやることが一番難しいのです。人より長く生きた人間だからこそわかることがあります。それは難しいことではなく、人の世で大事なことは何かという平凡な、しかし、一番大切な事柄です。大切なのは謙虚さであり、誠実さであり、真摯であることです」。

著者の人生の道しるべが記されています。「社是や社訓、家訓の類ではありませんが、私がその書を額に入れ、座右の銘にして生きてきた、詠み人知らずの言葉があります。<商人の道  農民は連帯感に生きる 商人は孤独を生き甲斐にしなければならぬ 総べては競争者である 農民は安定を求める 商人は不安定こそ利潤の源泉として 喜ばねばならぬ 農民は安全を欲する 商人は冒険を望まねばならぬ 絶えず危険な世界を求め そこに飛び込まぬ商人は利子生活者であり 隠居であるにすぎぬ 農民は土着を喜ぶ 大地に根を深くおろそうとする 商人は何処からでも養分を吸い上げられる 浮草でなければならぬ 其の故郷は住む所すべてである 自分の墓所はこの全世界である 先祖伝来の土地などという商人は 一刻も早く算盤を捨てて鍬を取るべきである 石橋をたたいて歩いてはならぬ 人の作った道を用心しながら通るのは 女子供と老人の仕事である 我が歩む処そのものが道である 他人の道は自分の道ではないと云う事が 商人の道である>」。

35年に亘り親交のあったピーター・F・ドラッカーに対する、著者の敬愛の念が伝わってきます。「私は経営者として物事を判断する際に、足元で起きている小さな具体的な変化を見逃さない『虫の目』、些事にこだわらず全体の変化を俯瞰する『鳥の目』、そして、世の中の潮の流れの変化を感じ取る『魚の目』の3つが大切だと思っています。(ドラッカー)先生はこの3つの確かな目を持つ巨人でした。先生が生きた、戦争と恐慌の苛酷な時代、自分の信念に従って自力で切り開いた人生、20世紀の歴史そのものの体験を通じて培われた人生観、歴史観、世界観の素晴らしさが、先生の財産であり、魅力です。先生と私は、15歳離れており、親の世代と兄弟の世代の中間にあたります。国や立場の違いを超え、私は先生の人生観、歴史観、世界観に共感し、先生をかけがえのない師として、友人として、尊敬してきました。自分の心の内に棲む、人間としての大切なものを教えてくれた、神ならぬ、もう一人の自分、それが私にとってのドラッカー先生だったのだと思います」。「虫の目」「鳥の目」だけでなく、「魚の目」も必要なことを教えられました。

商人とサラリーマンとの違いについては、こう記されています。「商人には、出世階段を上がるサラリーマンに必要な種類の頭のよさや要領のよさとは別の、算盤と始末と才覚が必要です。それは市場の変化や時代の流れを読む目といえます。『始末』というのは倹約や節約とは違う、英語のマネジメントに近い合理的な精神のことです。サラリーマンの羨ましいような時間はありませんが、要はやる気の問題です。・・・独立自尊の心意気と孤独を恐れぬ自立心を持ち、己の欲望を抑える自制心を忘れずに、常にお客様と共にあり続けることが、何物にも縛られない自由な商人の道なのです」。 

成功した経営者にありがちな自慢話とは一線を画す、心に深く沁み入る一冊です。