榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

世界の哲学者72人から学ぼう・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1198)】

【amazon 『哲学者の言葉から学ぼう』 カスタマーレビュー 2018年8月5日】 情熱的読書人間のないしょ話(1198)

東京・墨田のすみだ水族館で暑さを凌ぐことができました。チンアナゴに交じってニシキアナゴの姿も見えます。コブダイの雄は迫力があります。ヤマブキベラは色合いが涼しげです。キンギョのタンチョウ(丹頂)という品種は、赤いベレー帽を被っているかのようです。因みに、本日の歩数は10,791でした。

閑話休題、『世界の哲学者の言葉から学ぼう――100の名言でわかる哲学入門』(小川仁志著、教育評論社)によって、脳細胞が強く刺激されました。

エピクロス派の始祖・エピクロスについて。「エピクロスの思想は、一般的に快楽主義だといわれます。しかし、この表現には誤解があります。快楽が目的だというとき、彼らエピクロス派が意味しているのは放蕩者の官能的快楽ではないからです。そうではなくて、彼らのいう快楽とは、肉体において苦しまないことと、魂において混濁しないことを指しているというわけです」。エピクロスの死に対する考え方を知って、死の恐怖から救われた私は、「魂において混濁しないこと」を実現できたのです。

近代哲学の父・デカルトについて。「普通はある行為や出来事が起こると、それに対応する感情が生じます。たとえば、悪口をいわれれば、怒りがこみ上げるというように。ところが彼は、その出来事と感情の結びつきを変えることができるというのです。悪口をいわれたとき、怒りに結びつけるのではなく、同情に結びつけるといったように」。この方法は、早速試してみる価値がありそうです。

古典的自由主義の祖・ミルの言葉。「満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよく、満足した馬鹿であるより不満足なソクラテスであるほうがよい」。東大総長・大河内一男の言葉として知られる「太った豚よりも、痩せたソクラテスになれ」の原型ですね。

イギリス経験論の祖・ベーコンについて。「ベーコンが唱えたのが帰納法です。帰納法とは、観察と実験を通じて、個別の事例をまとめることで見えてくる事柄を、一般的・普遍的な法則へと導く方法を指します」。帰納法を提唱したのは、ベーコンだったのです。

ドイツ観念論の完成者・ヘーゲルについて。「ヘーゲルのいう弁証法は、問題が生じたときに、それを克服してさらに一段上のレベルに到達する思考方法と定義していいでしょう。これによって一見相容れない二つの対立する問題を、どちらも切り捨てることなく、よりよい解決法を見出すことができるのです。いわば第三の道を創造するための方法なのです」。

超人思想の哲学者・ニーチェについて。「人は、自らの弱さを肯定し、神という存在にすべてを委ねてしまうようになります。ニーチェはその点を批判するのです。それでは奴隷と同じだと。だからキリスト教のことを奴隷道徳とも呼びます。そんな奴隷道徳が、ニヒリズム(虚無主義)を生んでいると主張したのです。そして、早くそのことに気づいて、奴隷道徳に頼らずに強く生きていかなければならないと訴えたのです。それがニーチェの思想です。そこで『神は死んだ』と宣言したわけです」。キリスト教をこのように捉えるとは、さすが、ニーチェですね。

個人心理学の生みの親・アドラーについて。「アドラーが否定するのは、病的に肥大化した劣等感が人から向上心を奪った結果、なすべき責任や立ち向かう試練から逃げて、安心感を抱いてしまうような事態です。たとえばそれは、どうせ自分は努力をしても何もできないなどと投げやりになり、課題から目をそらすような消極的な態度です。むしろアドラーは、『健全な劣等感』と呼ぶべきものについては、肯定的にとらえてさえいます。それは他者と比べて感じるような劣等感ではなく、理想の自分との比較のうえで生まれるものにほかなりません。その意味で、自分を成長させる要因となるのです」。劣等感の有効活用です。

楽観主義の哲学者・アランについて。「(アランの)数々のプロポに共通する要素があります。それは人生に対する彼の前向きな姿勢です。アランは自分の立場を『不撓不屈のオプティミズム』などというふうに表現しています。つまり、いずれの項目も決して現実を軽視した単純な楽観主義(オプティミズム)ではなく、むしろ現実の厳しさをしっかりと認識したうえで、それでも乗り越えようと立ち向かう楽観主義に貫かれているのです」。アランの『幸福論』は、私の愛読書です。

存在を問うた哲学者・ハイデガーについて。「ハイデガーは、一方で人間が交換不可能であるという点と、他方で人間が死すべき存在であるという点を結びつけ、その死を先駆的に覚悟して生きるべきと訴えます。人は死へと向かう存在であると。でも、だからといって必ずしも死をネガティブにとらえているわけではなく、むしろそれによって生を輝かせよと主張している点を見逃してはいけません」。ハイデガーは、「死」に正面から向き合った哲学者として、私の尊敬の対象です。

公共哲学の祖・アーレントについて。「全体主義の敵は安定した社会であって、それを避けるためには、常に社会を不安定な状態に保つ必要があるのです。大衆に対する脅迫が全体主義を支えているのです。この理論を現実のものとして実践した支配機構こそが、ナチズムとスターリン主義だったのです。アーレントはこうした諸特徴をとらえて、全体主義をこれまで一度も存在しなかった新しい国家形式であると結論付けています。・・・21世紀の私たちもまた、全体主義に陥る危険性の中を生きているのであって、自ら全体主義を招いてしまうことのないよう、アーレントの警鐘に耳を傾け続けなければなりません」。同感です。

ドイツの若き天才・ガブリエルについて。「数多くの小世界は存在するけれども、それらのすべてを包摂する一つの『世界』は存在しないという結論が導かれるに至ります。これが『世界は存在しない』ということの意味なのです。だからガブリエルは、他方で『世界以外のすべては存在する』と主張するわけです。これは彼が『対象領域』と呼ぶものに関係しています。人間が理解できるのは、自分が対象にした領域だけだということです。ところが、世界はすべてを意味する概念ですから、人間がすべての存在を理解できない以上、そんなものは人間にとっては存在しないということになるのです」。