榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

取っ付き難い宇宙物理学、超弦理論が、実に分かり易く解説されている・・・【山椒読書論(520)】

【amazon 『見えない力』 カスタマーレビュー 2018年10月25日】 山椒読書論(520)

見えない力――美内すずえ 対談集』(美内すずえ・梅若実・甲野善紀・大栗博司著、世界文化社)は、漫画家・美内すずえと能楽師・梅若実、武術研究者・甲野善紀、物理学者・大栗博司との、「見えない力」をテーマとした対談集である。

大栗との対談「宇宙は『見えない力』で満ちている」では、美内の素朴な質問が、宇宙物理学の回答を私たち素人にも理解し易い形で引き出すことに成功している。

超弦理論について。「今では陽子や中性子ですら基本的なものではなくて、その中にクォークというさらに小さいものがあるというふうに理解されています。それらのものは全て、構造のない点だと思われてきました。ところが『超弦理論』では点ではなくて、1次元的に広がった『弦』である、としています。その理論が今までの流れとは違っているのです。どうして『弦』にしなければならないかというと、一つは重力というものを理論の中に組み込んでいきたいという欲求があります」。

「宇宙の始まりを理解するためには、どうしても素粒子と『重力』を含んだような理論を作る必要があるのです。ところが、素粒子を大きさのない点と考えるこれまでの理論では、どうしても『重力』を組み込むことができない。・・・シカゴ大学の南部陽一郎がちょっと違う理由で提案していた『ひも』というものを使うと、素粒子と『重力』の理論が上手く統合できるということが分かりました。今のところ、素粒子と重力が統合できる理論は『超弦理論』しかないので、僕らはこれを研究している、というわけなのです」。

美内から、「『ひも』と『弦』は、私にとっては全然別のものなのですが、先生はどうお考えですか」と尋ねられた大栗は、こう答えている。「僕にとっても全然別物で、プロの研究者は『ひも理論』でなく『弦理論』と呼んでいます。ただし日本人には、『弦』は漢語ですから馴染みにくいだろうと、一般的な解説書では『ひも理論』と書く人もいるのです。しかし、結局のところ同じものです。『ひも』というとぐにゃっとしているイメージですが、『弦』ならぴんと張っていて振動するものです。僕らが考えているものは振動していて、振動のエネルギーが色々な素粒子の質量になると考えているので、むしろ『弦』のほうが正しいイメージに近いわけです。ですから専門の人は『弦』という言葉を使うようにしているのです」。

9次元の空間について。「『弦理論』を研究するようになった時、とくに僕が強い印象を受けたのが、『弦理論』は空間が9次元あるということです。僕らは3次元の空間に住んでいます。例えば地図を見ると、地図は2次元の紙の上に描かれているわけですが、本当ならさらに高さがあり、3次元になるわけです。それはつまり、僕らの世界の場所は3つの数字で指定できるということです」。

「9次元というのは、9個数字が決まらないと場所が決まらない、という意味なのです。場所を決めるためにはもう6個数字を決めなければならない。その6個をどう決めるかというと、それが数学的に存在する6次元空間『カラビーヤウ空間』というもので決まっているというのです。僕達には3次元しか見えないし、日常生活では3次元の世界に住んでいると感じているので、残りの6個の数字で指定される空間は、とても小さくて、私達の目には見えないと考えられています。超弦理論の計算によると、この6次元の空間は、特別な形をしていることが分かります。6次元の空間ですから、想像することも難しいのですが、数学を使うとその形を表現することができるのです。このような空間を研究した2人の数学者の名前をとって、カラビーヤウ空間と呼ばれています」。

ビッグバンについて。「ビッグバンというものも一点から爆発したというより、むしろ宇宙が一様に密度、温度が高くなって、星と星の間隔が狭くなって、ついには星と星が全部くっついて高温・高密度のスープのようになっていったということなのです。一点からバーンと爆発したということではありません。一点から爆発したというと、何か宇宙には特別な点があったということになるわけじゃないですか。現在の僕らの理解では、宇宙には特別な点はないとされています。『宇宙原理』というのですけど、宇宙はどこへ行っても同じようなものであるとされている。実はそれは原理であり、証明はないのですが、そういうふうな仮定をしなければ宇宙が理解できないのです」。

一般相対性理論について。「アインシュタインが重力の理論『一般相対性理論』を作った頃は、ニュートンの『絶対時間』『絶対空間』という考え方がありました。時間というものは無限の過去から未来永劫まで一様に流れているもの。空間というものはそこで起きていることに関係なく存在するもの。これらが物理学の基本的な考え方だったのです。ところが、アインシュタインが重力の理論を作ためには、空間の中にエネルギーや物体があると空間や時間の性質が変わると考えざるをえない、ということを示したんです。そうすることによって物質の間に重力が伝わると説明できたのが『一般相対性理論』なのですが、その段階ですでに絶対的な時間、絶対的な空間という考え方は崩されてしまいました。それにさらに素粒子の理論を統合しようとすると、時間や空間の考え方がもっと劇的な変化をしなければいけないのではないか、というふうに最近は考えています」。

宇宙物理学は取っ付き難いと感じている人にとっては、本書は宇宙物理学に再挑戦するための糸口になるだろう。超弦理論の入門書としての役割も期待できる。