榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

君は、ファシズムとナチズムの違いを知っているか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1430)】

【amazon 『世界のエリートが学んでいる哲学・宗教の授業』 カスタマーレビュー 2019年3月20日】 情熱的読書人間のないしょ話(1430)

淡桃色のコヒガンが咲き始めました。薄桃色のオオカンザクラが満開を迎えています。濃桃色のハナモモの花を見上げていたら、その家の主が、一枝どうぞ、と女房に手渡してくれました。ハクモクレンの並木が続いています。モクレンとハクモクレンの交雑種・サラサモクレンが淡紫色の花を咲かせています。ハクモクレン→サラサモクレン→モクレンの順で開花します。コブシが白い花を付けています。因みに、本日の歩数は18,843でした。

閑話休題、『世界のエリートが学んでいる哲学・宗教の授業』(佐藤優著、小峯隆生聞き手、PHP研究所)によって、いろいろなことを学ぶことができました。

「アメリカやヨーロッパ、ロシア、イスラエルなどの大学では、文科系、理科系にかかわらず、哲学と宗教について学ぶ。なぜなら哲学と宗教は、人間が生きていく上で不可欠な基本原理だからだ。日本の政治、経済、マスメディアなどで活躍するエリートには哲学と宗教に関する知識と教養が欠如している。この点を改善することが日本の社会と国家を強化するために有益と思う」。

ファシズムとナチズムの違いが説明されています。「ナチズムというのは『血と土』の神話に基づく荒唐無稽な思想です。アーリア人種は、優秀なんだ。『とうして?』と聞くと、『優秀だから』。それだけの話なんです。・・・基礎教養がしっかりしていないヒトラーは、所謂(いわゆる)、トンデモ本みたいなのが大好きで、『ユダヤ陰謀説』本をたくさん読んでいるうちに、世界はユダヤに支配されているんだと思い始めてしまった。その陰謀説をぶち上げたら、世間がそれに乗って、いつの間にか、本人が総統様に成り上がった、という流れなんです」。

「ナチスの思想は生涯現役。現役でなくなり、労働力でなくなった人間は、速やかに死ぬことが期待されました。何故、健康を重視したか? それは、個人の身体は総統のものだからです。国家のために使う肉体は健康にしておかなければならない。女性は子を産む。だから、社会に進出せずに家庭にいて、子を育てるのが仕事。避妊は禁止で、子供をできるだけ増やし、東側に入植地を増やし、アーリア人を増やしていく。とても、シンプルな考え方なんです。強いものが正義。だから、我々の『群れ』は生き残っていく。これがナチズムです。『群れ』というところで、ファシズムと共通するところはあります」。

「しかし、ファシズムは、ナチズムと違って、非常に質的なレベルが高い。・・・(凄い)インテリだから、ムッソリーニはこんな考え方をしました。資本主義は放っておくと、必ず、格差を生じさせ、絶対的貧困層を作り出す。その階層になったら、自分の力では上に上がれない。家庭も持てず、子供も作れない。作れたとしても、教育の水準が下がる。その結果、労働力の質が低下する。資本主義で、啓蒙を続けていれば、人類が豊かに賢くなっていくというのは『まやかし』である。だから、社会構造を変えなければならない。でも、共産主義はダメだと。・・・資本主義でも共産主義でもない第三の道をムッソリーニは模索しました。すなわち、国家が資本家に対して、雇用を確保し、賃金を払えと命令する。それらをやらない時は、そのような資本家を監獄にぶち込む。そして労働者にはストライキを認めない。働かざる者、食うべからず、というわけです。しかし、身体障害者は、自分たちの同胞であるから、皆で支えあわなくてはいけない。こうした概念で、『仲間を束ねる』。イタリア語で、Fascio(ファシオ)。仲間を束ねていくのが、我々のファシズムなんだと」。

「さらに人種に関する考え方は、以下のように違います。イタリア人で、生まれながらのイタリア人はいない。重要なのは、国家に対して一生懸命やっているかどうか。国家に対して一生懸命やる者が、イタリア人。イタリア人とは、イタリアのために一生懸命やる人を指します。ファシズムでは、ユダヤ人差別をしません。ユダヤ人でもイタリアのために一生懸命やるのならば、イタリア人だと」。

「さらに、女性に対しての考え方がナチズムとは違います。女性が家に留まるのは、おかしい。女性の力は社会のために最大限活用しなければならない。そこで行われたのが、婦人参政権の導入。軍では女性を将校に登用。優れた女性の下で男が働くのは当たり前。国家というものは、利己主義な存在であり、常に、隣、外の国家から収奪して、食いものにすることを考えている。だから、戦闘精神を忘れるな。いつでも戦える精神を持っていないと、国家は生き残れない。こういう形で、社会を作るファシズム運動を始めたんです」。

ナチズムが優秀なアーリア人を増やしていくという単純な考え方であるのに対し、ファシズムは皆で支え合い、仲間を束ねていくという発想だというのです。ファシズムがいいか否かは別にして、ヒトラーがムッソリーニに対し思想面で指導的な立場に立っていたと思い込んでいた私を恥じています。

「日本人は本当の意味でキリスト教を理解していないのかもしれません。まず日本のメディアには、『ローマ教皇』や『ローマ法王』というふうに表記が混在している点が挙げられます。この件に関しましては、日本のカトリック中央協議会によれば教会では『ローマ教皇』を使う、と明言しています。以前は、混用されていたのですが、1981年2月のヨハネ・パウロ二世の来日を機会に、『ローマ教皇』に統一するようになったそうです」。

日本社会の現状にも言及しています。「現場を大事にしようという『現場主義』の名のもとに、反知性主義が広がっています。確かに、勉強はできるけれど使えないヤツでは困りますが、行き過ぎた反知性主義の台頭には待ったをかけたいと、私は思うわけです。・・・『学校秀才』が多かった民主党政権は、結局現場のことを理解しきれずに崩壊したといえます。そして、いまの安倍政権が誕生しました。前の政権と比べると、内閣の個々人の偏差値は低くなっています。偏差値は高くても、ほとんど何もできなかった民主党政権とは違います。精神科医の斎藤環さんが言っているように、『気合と、アゲアゲのノリがあればなんとかなるべ』という『気合で動くヤンキー政治』なんですね。いまの社会は『ヤンキーの反逆』であって、反知性主義が現場主義という名目で表面化しているのです」。

「反知性主義者は、いざとなったら『えーいっ、問答無用!』と気合や主観的願望でもって、客観的情勢を変えようと、力で訴えてきます。そんなことがまかり通らないようにするためにも、学識が必要なのです」。反知性主義に対抗する必要性を強調する著者に、全面的に賛成です。