榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

南北朝時代に、後醍醐天皇の皇子・懐良親王が九州で果たした役割・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1651)】

【amazon 『懐良親王』 カスタマーレビュー 2019年10月25日】 情熱的読書人間のないしょ話(1651)

一日中、強い風が吹き、冷たい雨が降り続いています。千葉・流山市立図書館初石分館を訪れたところ、受付担当の女性から、今日入荷したこれは榎戸さんがお好きな分野の本ではありませんか、と1冊が差し出されました。宇宙論の本だったので、これを含め4冊を借り出しました。

閑話休題、後醍醐天皇の皇子・護良親王のことは知っていたが、浅学にして、後醍醐天皇の皇子・懐良親王のことは、『懐良新王――日にそへてのかれんとのみ思ふ身に』(森茂暁著、ミネルヴァ日本評伝選)で初めて知りました。

「九州を支配下に置くことの重要さを時の支配者たちは十分に認識していた。後醍醐天皇もその一人で、彼は、窮地に立たされた南朝を盛り立てるためには九州をとりこむのが最良の手段であることに気づいたのである。後醍醐天皇が皇子の懐良(かねよし)を九州に派遣した最大の理由はここにあったといってよい」。

本書は、九州南朝勢力の中心であった懐良親王の動向を通して、南北朝九州史、とりわけ、南朝を支えた征西府の広域行政府としての政治・軍事的実態に光を当てています。

「懐良親王の事蹟のなかで特に注目されるのが中国の明との通交である。・・・朱元璋(太祖洪武帝)は、1368年、元を倒して明を建国すると、東アジアの国々との間に冊封関係をとりむすび、その盟主たらんとして諸国に朝貢を求めた。同年11月日本にも明の建国を告げる使者が派遣された。ここに始まる南北朝期の日本と明との通交は、明側の史料である『太祖実録』によって、あらかた知ることができる。・・・最も注目すべきは、征西府の全盛期に日本との国交を開こうとした太祖洪武帝が、懐良親王を『日本国王』と認定している点である」。

懐良親王の全盛期たる大宰府征西府の時代は、1361年から約12年間続くが、やがて衰滅してしまいます。