榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

葬式代わりの「生命式」で、死者の肉を料理して食べる「私」たちの物語・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1873)】

【amazon 『生命式』 カスタマーレビュー 2020年5月30日】 情熱的読書人間のないしょ話(1873)

アリウム・ギガンテウム(紫色)、ヘメロカリスの園芸品種のヒメキスゲ(黄色)、バイカウツギ(白色)、スイセンノウ(赤紫色)が花を咲かせています。ヒエンソウ(チドリソウ)の青い花弁に見えるのは萼です。ブルーベリー、ソラマメが実っています。ヨコヅナサシガメをカメラに収めました。近くで見ると、グレートデンの体高の高さに驚かされます。

閑話休題、短篇集『生命式』(村田沙耶香著、河出書房新社)に収められている『生命式』は、俄には信じられない世界が広がっています。

「私が小さいころは、人肉は食べてはいけないものだった。確かに、そうだったと思う。人肉を食べることが日常に染みついた世界の中で、だんだんと自信がなくなってくる。でも、30年前、私が幼稚園に通っていたころは、確かにそうだった」。

「そのころから、人類は少しずつ変わり始めていた。人口が急激に減って、もしかしたら人類はほんとに滅びるんじゃないか、という不安感が世界を支配した。その不安感は、『増える』ということをだんだんと正義にしていった。30年かけて少しずつ、私たちは変容した。セックスという言葉を使う人はあまりいなくなり、『受精』という妊娠を目的とした交尾が主流となった」。

「そして、誰かが死んだときには、お葬式ではなく『生命式』というタイプの式を行うのがスタンダードになった。昔ながらのお通夜やお葬式をあげる人もいるにはいるが、生命式で済ませれば国から補助金が出るのでかなり安くあがるというのもあり、ほとんどの人が生命式を行う。生命式とは、死んだ人間を食べながら、男女が受精相手を探し、相手を見つけたら二人で式から退場してどこかで受精を行うというものだ。死から生を生む、というスタンスのこの式は、繁殖にこだわる私たちの無意識下にあった、大衆の心の蠢きにぴったりとあてはまった」。

「生命式の後の受精は、神聖なものというイメージがあり、そこかしこで行われる。夜道で何度か見かけたことがあるが、本当に交尾という感じだった。人間がどんどん動物的になってきている気がする」。

この後、遺族による生命式の大掛かりな準備の様子、味付けに工夫を凝らす料理の様子、生命式の参加者たちが味を評価する様子が克明に描かれていきます。

会社で気が合った同僚男性のカシューナッツ炒めにした人肉を食べながら、「こんなふうに、世界を信じて私たちは山本を食べている。そんな自分たちを、おかしいって思いますか?」と尋ねる「私」に、一緒に食べている男性はこう答えます。「いえ、思いません。だって、正常な発狂の一種でしょう? この世で唯一の、許される発狂を正常と呼ぶんだって、僕は思います」。

こういう小説もあり得るのか、と首を傾げながら読み終えたが、ざらざらした舌触りがなかなか消えず、本当に困りました。