榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

アウシュヴィッツ強制収容所の死体焼却作業員たちが隠れて書き残した文書と、写真が存在した・・・【情熱の本箱(281)】

【ほんばこや 2019年7月19日号】 情熱の本箱(281)

アウシュヴィッツの巻物 証言資料』(ニコラス・チェア、ドミニク・ウィリアムズ著、二階宗人訳、みすず書房)は、他のアウシュヴィッツ証言資料とは全く異なる意味を有している。強制収容所アウシュヴィッツとビルケナウの死体焼却施設の作業に従事したゾンダーコマンド(特別作業班)の班員たちが、70年以上前に書き記した一連の手書き文書が収められているからだ。これらの文書は「アウシュヴィッツの巻物」と呼ばれ、書かれた後、いつの日か掘り出されて日の目を見ることを願って、灰や土の下に入念に埋めて隠されたのである。

「(ソンダ―コマンドは)種々の担当者が、それぞれ異なる仕事についていた。『役立たず』もしくは『死体運搬係』がガス室から死体を引き出し、『歯医者』が金歯を抜きとった。『床屋』が死んだ女性の頭髪を刈り取り、『かまたき』は炉や掘った坑で死体を焼却した。最悪の担当と目されていたのが『人灰処理班』で、彼らは骨をすりつぶし、廃棄しなければならなかった。このほかの雑多な職務には、近くにある『カナダ』と呼ばれていた区域の倉庫に運び入れるのに先立って、死者の衣服や遺留品をえり分ける仕事や、死体焼却施設の全般的な保守があった」。

「『巻物』の作者全員はまた、なんらかのかたちで蜂起の計画に関係していたとみられる。計画は複雑かつ困難きわまりなく、完遂することもなかった」。

「全期間を通して約2000名がゾンダーコマンドに徴用されたと考えられる。このなかで生き残った者は80名ばかりである」。

ゾンダーコマンドの一人、レイブ・ラングフスの文書の一節。<こうして閉ざされた(ガス室の)空間に倒れている死者は、他者の上に5層、6層にも重なり合い、その高さは1メートルにもなった。床に座り込んだままの母親たちが子どもたちの手をしっかり握りしめ。男女が抱き合っている。ある者たちは重みのためにねじれた姿勢のまま死者たちの体の塊から突き出ており、上半身を地に伏せたまま両足を立たせている。毒ガスの影響で真っ青に変色している者もいれば、生き生きしてまるで眠っているかのような者もいる。ある(囚人の)集団は掩蔽壕に入らなかった。彼らは翌朝11時まで木造の小屋に拘禁された。彼らはガス殺される人びとの絶望的な声を聞き、そして彼らを待ち受けていることを正確に理解した。彼らはすべてを目撃した。彼らは呪われたその一晩と半日のあいだ、この世における悲嘆の極みを経験した。こうした出来事を(強制収容所の)なかで生きなかった者は、これらをまったく理解できないに違いない。私は『彼ら』のなかに私の妻と子どもがいたことがあとでわかった>。

<謀殺者は血で染まったおのれの手をすすいだ。人びとを焼き、あぶることはあたり一帯の空気を脂っぽくしていた。車両から降りるやいなや、人びとには人を焼く臭いがしているのがわかった>。

「クレマトリウム(ガス室+焼却炉)に連れてこられた特別な集団の最後の場面を描いている。<600名の若者たち>は、12歳から18歳の集団にかんする3頁の短い記述で、若者たちはSS親衛隊員に慈悲を請い、またゾンダーコマンドに助けを求めるが、すさまじい暴力によってガス室に押し込められる。<3000人の裸の女性たち>は、それより多少長く(10頁)、ビルケナウのブロック25に3週間、飢餓状態に置かれたのちクレマトリウムⅡに送り込まれた集団の話である」。

強制収容所で女性に加えられた屈辱と残虐行為が、どれほど際立って衝撃的なものだったか。<脱衣場の出入り口のそばに立って、ガス室に向かって全裸で通り過ぎる若い女性たちの性器に一人ひとり触っていた>親衛隊曹長フォスの性癖にも目を向けている。これらの性的暴力は親衛隊のあらゆる階級の隊員によって常習的に行われていた。脱衣場に入った女性たちについて、(ゾンダーコマンドの一人の)グラドフスキは次のように記している。<服を脱ぎ、全裸になったとき、彼女たちは自分の生をそれまで保持してきた最後の支えを失い、最後の土台を失うことになる>。ビルケナウのクレマトリウムの構内で全裸となることは、死へと歩を進めることであり、若い女性であれば凌辱されることもありえたのである」。

「ビルケナウの生存者であるオルガ・レンギェルは、彼女が収容所に着いたときのことを証言し、その体験がどれほどむごいものであったのかを明らかにしている。彼女は衛兵たちの前で裸になるよう命じられ、<口腔、直腸、そして膣・・・というナチス式の綿密な身体検査>を我慢しなければならないという自分の体験した屈辱を記している。<彼らが検査するあいだ、われわれは全裸で身を固くしてテーブルの上に横たわっていなければならなかった。それはすべて、まわりに座って、・・・卑猥な笑みを浮かべている酔っぱらった兵隊の前で行われた>」。「公衆の面前で裸となる恥辱」の体験や、「尊大な男たちによって物扱いされ、人間性を奪われ、非女性化される感覚」が生々しく伝わってくる。

本書では、複数の文書だけでなく、ゾンダーコマンドの一人であるアレックスという男が、隠れて撮影した4枚の写真――ガス殺された死体の焼却場面2枚と、ガス室に向かう前に脱衣を強要された女性たちを撮った1枚と、「ほとんど抽象的」である画像1枚――も取り上げられている。

ホロコーストに関心を持つ人間にとって、必読の一冊である。