榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

自分にイエスと言える人間は、相手にイエスと言わせることができる・・・【あなたの人生が最高に輝く時(56)】

【ミクスOnline 2015年9月17日号】 あなたの人生が最高に輝く時(56)

イエスと言わせたい

なかなかイエスと言わない相手にイエスと言わせることができたら、どんなに痛快だろう。そんな軽い気持ちで、『ハーバード流 最後までブレない交渉術――自分を見失わず、本当の望みをかなえる』(ウィリアム・ユーリー著、中川治子訳、日本経済新聞出版社)を読み始めたが、その奥行きの深さに驚かされた。

3つの勝利

著者は、「自分にイエスと言う力が向上すれば、他者にイエスと言わせる能力も向上するはずだ」という考え方から出発している。「私たちの人間関係や交渉のしかたになによりも大きな影響を与えているのは、自分自身、日々の暮らしや人生、他者に対する根本的な姿勢だ。自分の内面の姿勢を『ノー』から『イエス』に転換すること――人生においてこれほど大きな変化はない」というのだ。この段階に止まっていれば、それほど驚かなかっただろう。何と、自分にイエスと言うことができれば、①内面の勝利、②相手に対する勝利、③全体的な勝利――の3つのウィンをもたらすことができるというではないか。

「本書は、効率的に交渉する能力を高めると同時に、心の充足感を高めるという、より大きなゴールを見据えたものである。このゴールを達成できれば、よりよい人生を手に入れ、健全な人間関係が生まれ、家族は幸せで、仕事の成果もあがり、ついには世界中の紛争が減っていくだろう。本書がなにより大切なゲーム、すなわち人生というゲームを成功に導く一助となれば幸いである」。

以下では、「内面の勝利」に絞って、論を進めていく。

内面の勝利

自分の内面の勝利を得る、すなわち、自分にイエスと言えるようになるためには、6つのステップを踏む必要がある。第1ステップは、「自分という『最強の敵』を理解する――自己批判から自己認識へ」、第2ステップは、「何があってもブレない『インナー・バトナ』を養う――非難から自己責任へ」、第3ステップは、「逆境にあっても『世界は自分の味方だ』と信じる――敵意から安らぎへ」、第4ステップは、「うまくいかないときこそ『ゾーン』にとどまる――抵抗から受容へ」、第5ステップは、「どんな許しがたい相手でも尊重する――排斥から包容へ」、第6ステップは、「ウィンールーズの罠からぬけだし、与え合う――ウィンーウィンーウィンへと導く」である。なお、第1と第2は、「自分にイエス」と言うためのステップであり、第3と第4は、「人生にイエス」と言うためのステップ、第5と第6は、「相手にイエス」と言うためのステップである。

自分にイエスと言うことは、最も難しい課題であると同時に、最も報われる交渉でもあるのだ。

最強の敵

先ず、心から望むものを手に入れる上での最大の敵は、実は相手ではなく、自分自身だということに気づく必要がある。

自己批判を自己認識に転換させるための具体的な方法は、①自分自身を一段高い「バルコニー」から見る、②共感を持って自分の声に耳を傾ける、③自分の願望を明らかにする――ことである。

インナー・バトナ

「何かを非難すること」を「自己の責任を自覚すること」に転換させるには、インナー・バトナが不可欠だ。バトナ(BATNA)とは、交渉において合意に達することができない場合に、自分の利益を得るための最善の代替案を意味している。「バトナは、交渉がどうなっても、こちらにはすばらしい代替案があるという自信をもたらしてくれる。また、相手にあまり左右されずにこちらの要望をかなえることができる。バトナは力と自信とともに自由な感覚を与えてくれる」。

リフレ―ミング

敵対関係を協調関係に転換するときは、自分の人生に対するイメージをリフレーミングすることが有効だという。従来のフレーム(枠組み)を変えるリフレーミングの力を活用して、敵対的な論争から協調的なやり取りへと状態を劇的に変化させるのだ。著者は、①どんな環境に置かれようと、どうにかなるさと自分の人生を信じる、②自分なりの幸せを作り出す、③人生がもたらす教訓に感謝する――といった訓練を推奨している。

ゾーン

「人生にイエスと言う第1段階が、人生のイメージをリフレーミングすることだとすれば、第2段階は、大きな成果と充足感をもたらしてくれる場所、『ゾーン』にとどまることだ。人生を受け入れるとは、過去にイエスと言い、いつまでも残る恨みや嘆きを手放すことだ。未来にイエスと言い、無用な心配を手放し、恐怖の代わりに信頼を見出すことだ。そして、この瞬間にイエスと言い、期待を手放し、この瞬間にあるものに感謝することだ。たしかに簡単なことではない。過去を許し、勇気をもって未来を信じ、集中してこの瞬間にとどまるのは生半可な覚悟ではできない。しかしどんなに苛酷な試練であっても、内的充足感や満足できる合意、健全な人間関係から得られるものははるかに大きい」。

ゾーンとは超集中状態を意味する。先のことを考えずに、今に集中すれば、最高のパフォーマンスを発揮できるというのだ。

相手の尊重

「相手を排斥すること」から「相手を包容すること」への転換には、①相手の身になって考える、②最初は入れたくないと思った人々を取り込むために、尊重のサークルを広げる、③たとえ拒絶されても尊重する――ことが必要だ。すなわち、相手を排斥するのではなく、包容せよというのである。

ウィンーウィンーウィン

「ウィンールーズ」の関係から「ウィンーウィンーウィン」の関係に転換するには、互いに与え合えばいいのである。与えるという基本姿勢を育み、相互利益のために与える、喜びと存在意義のために与える、与えるためにあるものを与える――のだ。「与えるためにあるものを与える」の「あるもの」については、目的意識があれば、与えるものの大小は関係がない。小さな贈り物でも、相手の人生にとっては大きな贈り物になることがあるからだ。

本書を読み、その教えを真剣に実行したとき、あなたは交渉の達人になっていることだろう。