榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

類縁種の生物が、海洋で遠く隔てられた各大陸に棲息している謎に迫る・・・【情熱の本箱(231)】

【ほんばこや 2018年3月3日号】 情熱の本箱(231)

「(我が家の子供たちの『野生動物の世界』という)地図には『走鳥類』と呼ばれるグループに属する4種類の飛べない鳥が描かれている。南アメリカ大陸のレアとアフリカ大陸のダチョウが大西洋を挟んで向かい合っており、そこから何千キロメートルも離れたオーストラリア大陸にはエミューの群れが見られ、ニュージーランドでは1羽のキーウィが地面をつついている。これら4つのグループは明らかに別個の種だが、全体的に見ればみんなかなり緊密な関係にある。だとすれば、大海原に隔てられたこれらの遠く離れた土地に、どうして行き着いたのか? 同様に、この地図では中央アフリカのマンドリル(大型のヒヒ)が、大西洋を挟んで南アメリカ大陸のオマキザルという別のサルのほうをじっと見詰めている姿が見られる。この2つの種も明らかに異なるが、ともにかなり緊密な進化上のグループに属していることも明白だ。そして彼らも、類縁種がどうして海洋で隔てられた陸塊にそれぞれ行き着いたのかという謎を突きつけてくる。そのうえどちらの場合にも、地図に見事に描かれた海底の地形を見ればわかるとおり、問題の陸塊はみな、浅い大陸棚ではなく深い海洋で隔てられている。このせいで謎はますます深まる。なぜなら、ベーリング陸橋のような陸橋を介した移動を持ち出してこれらの断片的な分布を説明するわけにはいかないからだ」。

この謎は、チャールズ・ダーウィンの時代以来ずっと博物学者たちを魅了し、悩ませてきた。ダーウィン自身が分散説から陸橋説へ、そして再び分散説へ、そこからまた分断分布生物地理学へと、まるで振り子のように揺れ動いた例からも明らかだろう。

この謎を解きたいという著者の執念が、『サルは大西洋を渡った――奇跡的な航海が生んだ進化史』(アラン・デケイロス著、柴田裕之・林美佐子訳、みすず書房)を書かせたのである。

歴史生物地理学の世界では分断分布説(ゴンドワナ大陸の分裂によって形成された各大陸で生物の分断分布が生じたとする説)と長距離海上分散説(海洋という障壁を越え、新たな土地にうまく個体群が定着できたことで生物の分散が生じたとする説)がせめぎ合ってきたが、長距離海上分散説の立場に立つ著者の結論は、このようなものである。「サルや齧歯類、トカゲ、ワニ、モウセンゴケ、ナンヨウスギ、ナンキョクブナ、そのほか無数の生物による海洋を渡る旅はみな稀で偶発的な事象であり、どんな時や場所であれ、誰も起こるとは予期しないたぐいの出来事だ。『ほんのつまらない小事にしか見えないもの』を何かしら変えて生命の録画テープを再生すれば、こうした生物の進出はどれ一つとして起こらなくなる(が、私たちの知る歴史にはない、ほかの出来事が確実に起こる)」。

「たとえば、サルがアフリカ大陸から南アメリカ大陸に進出するという順当な筋書きを考えてほしい。今日のコンゴ川やニジェール川に似たアフリカ大陸の大河のほとりの木で、何をするでもなく時間を過ごしているサルの群れから話を始めよう。何日も豪雨が続いており、そのせいで濁流となった川が土手の一部をサルのいる木もろとも大ききえぐり、その塊はまるごと川に落ちて流される。この自然の筏は遠い下流へ運ばれ、やがて海に達して西向きの海流に捕まる。海に出るとサルたちは、その小さな浮き島で見つかる食べ物は何でも口にする。雨が降ると、束の間たまっている水を飲む。何週間ものち、すでに相当の海水を吸い、かろうじて浮いていた筏は南アメリカ大陸の海岸に打ち上げられ、痩せ細った脱水状態のサルの生き残りが数頭、水音を立てて浜に降り、すぐそばの森の中に消える。彼らはいっしょに暮らし、見慣れないが食べられる果実や昆虫を餌にして、いずれはつがって子供を作り、育てる。1000年後、その子孫はそうとう大きな個体群となり、ついに新世界ザルの放散をすべて生じさせる」。

「(こうした)進出が成功するか否かは、どれ一つをとっても簡単に違う方向に転がりうる出来事の数々によって決まった可能性が高い。そしてこれと似たような偶然の積み重ねは、種子が鳥の羽毛に引っかかったり、蛾が風にさらわれたり、ワニが海流に乗ったりするなどして起こる長距離の偶発的分散のおそらくほとんどの事例に当てはまる(だからこそこれらは『偶発的』事象と言える)」。要するに、生物の海越えの旅や他の長距離進出の事象は、基本的に予測不能だというのだ。著者は、この生命の予測不能性を重視している。

分断分布説が成立しない根拠を、著者が挙げている。「分断分布説の問題は、分断と分岐の時期がまったく違うことだ。もし南大西洋(アフリカ大陸と南アメリカ大陸の分裂から生じた海)が誕生したために広鼻猿類と狭鼻猿類が分かれたのなら、進化樹における両者の分岐は、およそ1億年前に生じたことにならざるをえない。これがどれほど昔かを示すために言えば、それほど前に分岐が起こったのなら、霊長類の進化樹では初期の枝ではないことがわかっている新世界ザルの系統と旧世界ザルの系統が、最初期のものとして知られるどんな霊長類の化石よりもじつは約5000万年も古いことになる。それどころか、それらの系統は、あらゆる胎盤哺乳類の最初の化石として知られるものよりおよそ3500万年も古くなくてはならないのだ」。サルは旧世界に由来し、南アメリカ大陸に分散したということ、それには海を渡る必要があったこと――は明らかだというのだ。

進化に興味を持つ者にとって見逃すことのできない一冊である。