『小公子』、『小公女』、『秘密の花園』の作者・バーネットの苦悩に満ちた人生・・・【情熱の本箱(375)】
『小説家 フランシス・ホジソン・バーネット――ヴィクトリア朝の女性キャリア』(川端有子著、玉川大学出版部)は、『小公子』、『小公女』、『秘密の花園』で知られるフランシス・ホジソン・バーネットの伝記である。
「19世紀末のイギリスとアメリカ両国で、もっとも人気があり、売れていた流行作家フランシス・ホジソン・バーネットは、150年後、自分が3冊の子ども向けの本の作者としてのみ、名前をのこすことになろうとは、思いもよらなかったことであろう」。
「イギリスに生まれ、アメリカで育ち、その両方を内からも外からも知り抜いて、巧みにそのお国ぶりを使い分け、大西洋両岸の読者の心をわしづかみにしたこの作家は、生涯おとなのための小説を70編余り、『小公女』をはじめとした子どものための小説を4冊とそのほかの短編を書いて、文字どおり自分のペンのみで、その生涯を築きあげた」。
「自らが描くロマンス小説が、幸せな結婚でおわるのとは裏腹に、現実の伴侶にはあまり恵まれず、若くしてアメリカ人の医者とほとんどせまられるように結婚し、2児をもうけるも疎遠になり、彼との離婚後2年で、10歳年下のイギリス人の医者と再婚した。だが結局その結婚も2年しか続かず、彼の暴力から逃げだすようにして、彼女はついにアメリカの国籍を取得しイギリスとは縁を切った」。
「深く愛した長男を16歳で失い、埋め合わせをするかのように恵まれない子どもたちのための慈善事業にのめりこんだ。次男をモデルに書いた小説(『小公子』)があまり爆発的に売れたため、次男は死ぬまでその作品につきまとわれ、運命を左右された。息子たちへの愛と義務感、母であり妻であることと職業人としてのキャリアの板ばさみになった彼女の苦悩は、たとえ彼女が乳母を雇いコックを使う立場の人間であったとはいえ、現代を生きる我々にも通じるものがある」。
「社交好きで明るくウィットにとんだ会話を楽しみ、もてなし好きのホステスであった反面、過労とストレスから頭痛に悩まされ、ときにはひどい抑うつ状態におちいって、何週間もベッドからおきあがれないこともあった。息子を失ったトラウマは癒されることなく、その心を唯一晴らすことができたのは庭作りで、土をいじり、バラを育てて『秘密の花園』という時代をこえて読み継がれる傑作を著したが、この本の真価が認められるのは死後のことであった」。
「彼女のおとな向けの著作が忘れ去られ、誰も読まなくなったのは彼女だけのせいではない。文学の評価基準も人の好みも世につれ人につれ、彼女の著作のもっとも優れた点は20世紀の文学界ではあまり高くは買われなかった。そのかわり、それは児童文学の世界では引きつづき長所となりつづけたのだ」。
「現代でも女性のキャリアを語るときには避けて通れない経済的自立の有無や、結婚、出産と子育ての葛藤、ドメスティック・バイオレンスということばもまだなかった時代にその危機をのりこえ、しかし消費社会のもたらすきりもない誘惑と欲望のいたちごっこに命をすりへらしていくという、きわめて現代的なテーマが、フランシスの人生をすでにいろどっているのが興味深い。彼女はどんな人生を生き、イギリスとアメリカを往復し、子どもとおとなに物語をあたえ、都会に住みながら自然を愛して庭をつくったのだろうか」。
「フランシスは生涯を通じて『語る人』であり『あたえる人』だった。彼女はいつもよりよい未来を信じ、理想的な明日を夢見ており、それを物語のかたちで提供しようとしていた。しかし現実は何度も彼女の楽天性を裏切った。いまも読まれている彼女の子ども向けの3作品からは、想像もつかないような社会問題をあつかったり、人間の暗い闇を垣間見せたりするようなところのある小説は、おとなのために書かれており、まるでフランシスは人生の光と闇をふたつのジャンルにふりわけて書いたようにも思われる。だが、よくよく読んでみればフランシスの子どものための小説も、けっして明るい光に満ちているわけではない」。
「なんの元手もなく、ほんとうにペン一本で稼ぎだした収入で莫大な財産を築いた女性だった。しかもちゃんとした教育を受けたわけではなく、教養のある文化的な家庭に生まれたわけでもなかった。けっして望んでしたわけではない結婚に二度も失敗し、息子たちを溺愛しながら離れて暮らしつづけた。ひとりの息子を亡くしたトラウマは、死ぬまで癒えることがなく彼女を苦しめつづけた。亡くなる数年まえまで、ひとところに落ちつくことができない性格で、ロンドンにもワシントンにも家をもちながら、いつもどこかほかのところに理想の場所を求めていた。どこをとっても普通の女性の一生とはちがいすぎる。・・・彼女の特異な人生と、おとな向けの小説群、それらも考慮にいれたうえで、彼女の児童文学作品を読むと、それらが子どものための物語と共有しているものも見えてくる――かもしれない」。
著者の勧めに従って、『小公女』と『秘密の花園』を読み直してみようかな。