榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

伊藤比呂美の仏教経典を巡る遍歴の記録・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2515)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年3月7日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2515)

クリサンセマム・ムルチコーレ(写真1)、キンギョソウ(写真2)が咲いています。

閑話休題、『いつか死ぬ、それまで生きる――わたしのお経』(伊藤比呂美著、朝日新聞出版)は、伊藤比呂美の仏教経典を巡る遍歴の記録です。

「(仏教は、亡くなった母や父の役には立たなかったが)わたしは影響を受けました。日本の古典文学はみんな仏教文学だということもわかりました。『源氏物語』や『梁塵秘抄』や謡曲や、各種説話集や説教節、落語なんかとも同じジャンルだと思えば、読みやすくなりました」。

「信心はいまだに持てません。考え方には影響を受けました。いちばん大きかったのは『般若心経』。お経のなかでは型破りな構成で、短くて、ファンタジー的なものは出てこなくて、世の音を見るという名の修行者が(観世音ボサツのことですが)ひたすらリアルに自分が体得した真理を語るわけです。現代語に訳してみると、シンプルで、力強く、哲学的です。ものごとを見る、観る、把握し、考える感覚を分析していくと、その一つ一つの要素がいちいち『無い』という。わたし自身も『無い』。わたしを取り巻くすべてが『無い』。その主張を凝視していきましたら、悩みやこだわりや執着があっても、悩まなくこだわらなく執着もしなくなっていくことができたような。年のせいかもしれません。いろんな欲望は薄れてきている。経験値は上がっている。その上にこの『空(くう)』で、どんどん生きるのが楽になっていくのです」。

「法華経とは『みんなで成仏しよう』という思想をもった、大乗仏教の代表的な経典で、紀元1世紀頃に成立した(諸説あり)ようで、日本では7世紀初めに聖徳太子が注釈書をつくったりしています。わたしたちの読む漢訳は、鳩摩羅什(344~413年)によって、5世紀のごく初めにつくられました。『法華経』『般若心経』『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』等々、大乗仏教の経典を読んでみると、ストーリーがたいへんイキイキとして、新しい考えを持つボサツが古い考えの修行者と対立したり、もの知らずの弟子がおシャカさまに問いかけたりしている。とても演劇的で、声で語られたらさぞおもしろいだろうなと思うのもそのはず、その昔、インドの、埃っぽい、野良犬の徘徊する辻々で、修行者たちが、語って歩いたんだそうです」。

著者は「信心はいまだに持てません。考え方には影響を受けました」と語っているが、私のように「仏教に興味があるが、信じてはいない」者からは、かなり信心に近づいているように見えます。