榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

読書家のアドルフ・ヒトラーに大きな影響を及ぼした書籍とは・・・【情熱の本箱(357)】

【ほんはこや 2021年4月14日号】 情熱の本箱(357)

ヒトラーの秘密図書館』(ティモシー・ライバック著、赤根洋子訳、文藝春秋)は、学歴コンプレックスを振り払おうとするかのように読書に熱中したアドルフ・ヒトラーの残された蔵書から、彼の思考に大きな影響を及ぼした書籍を探ろうという意欲的な試みである。

「彼(ヒトラー)にとって、蔵書とはピエリアの星、つまり知識とインスピレーションの隠喩的源泉であった。彼はその泉から大いに汲み上げて自らの知的コンプレックスを和らげ、狂信的な野望を育んだ。彼は貪るように本を読んだ。少なくとも一晩に一冊、ときにはそれ以上の本を読んだ、と彼は主張している」。

ヒトラーが反ユダヤ思想と邂逅したのは、ディートリヒ・エッカートの『戯曲ペール・ギュント』においてであった。「敗戦の混乱のなかで、元伍長は自分を導く師に出会った。そして師も、彼に眠っていた扇動の才能に魅入られていった」。

自動車王ヘンリー・フォードの『国際ユダヤ人』は、ヒトラーの『我が闘争』に重大な影響を及ぼした。「『我が闘争』を書き始める少なくとも1年前に、彼がこの悪名高き人種差別論者の2巻本(及びフォードの肖像写真)を所有していたことは分かっている。・・・ヒトラーはフォードを、アメリカにおけるいわゆるユダヤ人共産主義者の脅威に対する防波堤と見なしていた。・・・ヒトラーは、アメリカに次いで最もこの(偽造文書『シオンの長老の議定書』に書かれているユダヤ人の)世界支配計画の脅威にさらされているのはドイツである、というフォードの言葉にショックを受けた。・・・フォードの著作が初期の発達段階にあったヒトラーの人生に入り込み、その思想と著作に大きな影響を与えたことについては、ヒトラー自身が明確な言葉で語っているように疑いの余地がない。オフィスの壁にでかでかと飾ってある肖像写真について新聞記者に問われたヒトラーは、単純明快に答えた。『フォードは私のインスピレーションだ』」。

マディソン・グラントの『偉大な人種の消滅』は、ヒトラーのユダヤ人絶滅計画の原点となった著作である。「アメリカを移民制限に導いたその書は、彼(ヒトラー)の『聖書』となり、ナチスが政権をとると、ユダヤ人の根絶計画の礎となった。・・・この本の中でグラントは、社会的ダーウィニズムや当時新興の研究分野だった優生学において盛んにおこなわれていた人種のステレオタイプ化を民族移動及び歴史と結びつけ、人種の発達に関する、独特ではあるがまがい物の理論を作り上げている。この目的を達成するため、グラントはずさんな一般化を多用し、歴史を恣意的に選択し、うさんくさい手法やデータを駆使して、これらすべてを確信的かつ残酷な、あからさまに人種差別的なメッセージにまとめ上げた。これこそ、ヒトラーに訴えかけるたぐいの知的態度であった。そして、これがヒトラーの目を新たな観点へと開かせることになった。・・・グラントの本の中にヒトラーは、かき集められる限りの人種差別的見解を見出した」。

興味深いことに、ヒトラーの知的レヴェルの低さが暴かれている。「それは、『我が闘争』の貧弱な知的内容からも文法上のひどい誤りからも明らかである。筆者はヨーロッパとアメリカの公文書館を探し回り、わずかに残存する未発表のヒトラーの原稿を発見したが、そこから浮かび上がってくるのは、基本的なスペリングも一般的な文法もマスターできていない無学な男の姿である。彼の生原稿は、語彙と構文の間違いだらけである。句読点も大文字の使い方も間違いだらけで、しかも一貫性がない。35歳にもなって、ヒトラーは基本的なスペリングさえマスターしていなかった」。

ヒトラーという特異な人物の内面に肉薄した一冊である。