榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

農家の娘が昔を偲びながら描き溜めた素朴な絵文集――老骨・榎戸誠の蔵出し書評選(その130)・・・【あなたの人生が最高に輝く時(217)】

【月に3冊以上は本を読む読書好きが集う会 2024年6月21日号】 あなたの人生が最高に輝く時(217)

●『戦争していた国のおらが里――記憶の絵文集』(酒井キミ子著、桂書房)

戦争していた国のおらが里――記憶の絵文集』(酒井キミ子著、桂書房)には、1928(昭和3)年生まれの農家出身の女性の手になる280余枚の絵と説明文が収載されている。

著者がこれらの絵を描き出したのは――20年ほど前、当時、小学3年生の孫娘が「昔の暮らし」について学ぶと聞き、自分が小さな子供だった頃の記憶を辿って描いたのがきっかけであった。

「私の生い立ち」、「田んぼ仕事の一年」、「追想の田舎暮らし」、「ザイゴ(在郷)っ子の春秋」、「『非常時』が村にもやって来た」シリーズのいずれもが、色鉛筆で彩色された素朴な絵であるが、何とも言えない味わいがあり、自分で経験したことのない世界だというのに妙に懐かしさを覚えるのだ。

例えば、「母乳とつぶら」は、「春の水田の忙しい時は縁でお乳をのませる光景がよく見られた」と、野良着の若い母親が縁側で、つぶら(藁で作った円い容器)に入った乳児に母乳を飲ませる様子が描かれている。

「田植――苗代の苗取り」は、「昔は夜の明けぬうちからガス灯ランプやカンテラなどをともして、早乙女(田植えをする若い女性)たちの出てこないうちに苗を百束から二百束とったと自慢する家もあった。早乙女たちも仲間におくれまいと、五時までに苗代に入った。夜冷えしている水はヒヤッと体全体が縮む。手のしびれるほどに水が冷たい日は今日の空は大丈夫と私は思った。午前中の苗をとり終わると、道に上がり、藁火が焚かれる、やっぱり火でなけんにゃ。ああ、あったかい、手のしびれもとれましたちゃと、それぞれの顔がほころぶ。体も手も温まり細い畦道を一列になって本田へと・・・」と、大勢の女性たちの屈んだ作業姿が描かれている。

「雨が降ってくるぞ――丸積作業」は、「急に空模様がかわれば気ぢがいのように稲束を拾い集めて丸積に積む。一人に二本しかない手を機械のように手も足も体も動かし、姑も嫁も心は一つになる。雨に勝ってホット。こんな時こそ、二人の心の通じた時だ」と、作業に励む姑と嫁の姿が描かれる。

「おむつを洗う女(ひと)」は、「寒い冬は手はヒリヒリ。真っ赤になっても汚物は川で洗った。母親の背中には、いつも子供がおんぶされていた。親心――子供の足が冷えないようにモンペの中に足を入れてあげる。当時の子供は素足で育てられた」との文とともに、「サア、サ、もう終わるヨ」と背中でぐずる子をあやす若い母親の洗濯姿が描かれている。