酒呑童子とは何者か――老骨・榎戸誠の蔵出し書評選(その137)・・・【あなたの人生が最高に輝く時(224)】
●『酒呑童子異聞』(佐竹昭広著、岩波書店・同時代ライブラリー)
東京・六本木のサントリー美術館は、入館してから出てくるまで、それこそ非日常の世界であった。室町時代から江戸時代初期にかけて大流行した短い絵物語・「お伽(とぎ)草子」展でのことである。
「浦島太郎」、「一寸法師」、「鉢かづき」、「物くさ太郎」など、幼い頃、夢中になって読み耽った講談社の絵本の懐かしい世界が、胸いっぱいに甦ってきた。
展示されている絵巻や絵本はいずれも興味深かったが、私の心を鷲掴みにしたのは「酒呑童子(しゅてんどうじ)」の絵巻であった。とりわけ、源頼光(らいこう=よりみつ)一党に大量の酒を呑まされ、刎ねられた酒呑童子の首が、凄まじい鬼の形相で頼光の兜にがっしと食らいつくシーンは圧巻であった。
酒呑童子の世界にもう少し浸りたくて、『酒呑童子異聞』(佐竹昭広著、岩波書店・同時代ライブラリー)を繙いてみた。
酒呑童子の物語は、大勢の鬼を配下に従え、掠奪・拉致を繰り返し、民や国を悩ませていた大江山の大盗賊・酒呑童子を、武勇で名高い平安時代中期の武将・源頼光と部下5名(この中には、足柄山の金太郎が成長し、頼光の四天王の一人となった坂田公時<きんとき>も含まれている)が勅命を受けて退治したという怪物退治、英雄の武勇伝が元になっている。
山伏に変装した頼光たちが谷川のほとりで洗濯中の女から酒呑童子の本拠地・「鬼が城」の様子を聞き出す場面が、『酒呑童子異聞』の見開きの表紙・裏表紙をカラーで飾っている。
豪華絢爛たる「鬼が城」は「美女、富、不老不死」の世界である。その御殿に通されて待つことしばし、奥より生温い風が吹き起こり、酒呑童子が姿を現す。身の長丈余、「かみはかぶろ(子供の髪型)にして、色しろく、容顔美麗」、年の頃は40ばかり、「右左をにらみまはして座するは、おそろしさかぎりなし」。
やがて酒宴となり、酒呑童子が並外れた大酒呑みであることを承知している頼光たちは童子に酒を強い続ける。さすがの酒呑童子も大酒の影響で神通力を失い、頼光らに誅されてしまう。
著者によれば、「現代のわれわれには、酒呑童子といえば大江山しか想起できない。しかし実際には、頼光による大江山酒呑童子退治とまったく同内容の、伊吹山酒呑童子の絵巻物や奈良絵本などが相当普及していた」とのことである。
また、「絵師が絵を担当し、書家が本文の文字を担当して成る絵巻・絵草子の類。それならばかれらに仕事を依嘱して直接製作の任に当ったのは、はたしてどんな人びとだったか」という考察も、なかなか面白い。「お伽草子にあっては、本文と同等以上に絵の方を重視すべきであるという認識は、いくら強く持っても持ちすぎるということはない。絵というものを抜きにしてお伽草子の生命はない。とりわけ誰もが知悉している有名な物語は、いちいち本文を読むまでもなく、絵だけを楽しんで見る読者も多かったはず」だからである。