日本人捕虜は見た、イギリス人の正体を――老骨・榎戸誠の蔵出し書評選(その221)・・・【あなたの人生が最高に輝く時(308)】
●『アーロン収容所』(会田雄次著、中公文庫)
かなり以前のことだが、読書好きの上司から「君は、本が好きだから」と、彼が読み終わった会田(あいだ)雄次の本を次から次へともらったことがある。このため、会田の著作のほとんどを読むことになったが、私にとって一番印象が深いのは、やはり、若い時に読んだ『アーロン収容所』(会田雄次著、中公文庫)である。
世界第二次大戦の敗戦直後から1年9カ月間、ビルマで英軍捕虜として激しい強制労働に服さざるを得なかった著者の克明な記録である。この捕虜生活は、西洋史の研究者である著者に「英軍さらには英国というものに対する燃えるような激しい反感と憎悪」を植え付けたのである。「私たちだけが知られざる英軍の、イギリス人の正体を垣間見た気がしてならなかった。いや、たしかに、見届けたはずだ。それは恐ろしい怪物であった。この怪物が、ほとんどの全アジア人を、何百年にわたって支配してきた。そして、そのことが全アジア人のすべての不幸の根源になってきたのだ」と、激烈である。
「捕虜になるまで」、「強制労働の日々」、「泥棒の世界」、「捕虜の見た英軍」、「日本軍捕虜とビルマ人」、「捕虜と収容所――人間価値の転換」、「帰還」のいずれの章も、この著者一流の鋭い観察・分析・考察とユーモアに満ちているので、読み応えがある。
例えば、「女兵舎の掃除」は、「まずバケツと雑巾、ホウキ、チリトリなど一式を両手にぶらさげ女兵舎に入る。私たちが英軍兵舎に入るときは、たとえ便所であろうとノックの必要はない。ノックされるととんでもない恰好をしているときなど身仕度をしてから答えねばならない。捕虜やビルマ人にそんなことをする必要はないからだ。イギリス人は大小の用便中でも私たちが掃除しに入っても平気であった」、「その日、私は部屋に入り掃除をしようとしておどろいた。一人の女が全裸で鏡の前に立って髪をすいていたからである。ドアの音にうしろをふりむいたが、日本兵であることを知るとそのまま何事もなかったようにまた髪をくしけずりはじめた」、「イギリス兵には、はにかんだり、ニコニコしたりでむやみと愛嬌がよい。彼女たちからすれば、植民地人や有色人はあきらかに『人間』ではないのである。それは家畜にひとしいものだから、それに対し人間に対するような感覚を持つ必要はないのだ」と記述されている。