榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

老人をとことん愉しみ、味わい尽くそう・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2769)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年11月15日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2769)

サザンカ(写真1、2)、ヤツデ(写真3、4)が咲いています。マンリョウ(写真5、6)が実を付けています。

閑話休題、『イン・マイ・ライフ』(吉本由美著、亜紀書房)は、長年、東京で働き、63歳の時、生まれ故郷の熊本に帰った女性のエッセイ集です。後期(好奇)高齢者の私にとって、とりわけ興味深いのは、現在73歳になる著者の熊本での暮らしぶりです。

「熊本に戻ってしばらくはほとんど家に籠っていた。少しずつ荷をほどきながら部屋の片付けを進めたが、終日ボーッとして手つかずでいることも多かった。・・・意欲というものがまったく起きないふらふらと魂の抜けたような日々だった。・・・隠居するにしても生活費はかかる。ところが私は(東京で)分不相応の家賃を払い続けたために貯金はゼロだ。あと2、3カ月は持つかもしれないわずかな蓄えと、充分ではないにしても60歳から受け取っている月額8万円ほどの個人年金が頼りという財政状態では隠居暮らしもなかなかむずかしい気がしてきた」。

「ブログをやってみようかと思いついたのもこの頃だ。・・・パソコン作業は大の苦手で、メールとワード以外の機能はまったく使えない人間なのでしばし迷った。が、ちょうど同じ頃、熊本で発見した面白いことをブログに書いて読ませてほしという遠方(イギリス)の友だちからの要望もあり、二つも提言が重なった以上やるしかないな、とその気になったのだ。とはいえ自分でブログ開設など出来るわけがない。そこで再び『アプアロット』の二人に開設とフォーマットのデザインを頼んだ。・・・このブログから私の熊本での仕事が始まる。もちろんブログによる収入はないのだが、これを契機に少しずつ仕事がやってくることになるのだから、出会いって、人生って、面白い」。

「連れ合いもなく子供もなく、兄弟は遠く離れ友だちはまばらで、私は毎日を一人きりで過ごしている。毎日を一人きりで過ごしている高齢者を世間は『孤独』で『寂しい』と決めつけたがるが、そんなことは人それぞれ。私のように真逆な人間もいるのである。もちろん右を向いても左を向いても一人きりだから孤独には違いない。けれど孤独だからって寂しいわけではない。それどころか忙しくってたまらなくて体がもう一つ欲しいくらいだ。寂しいなんて感じているヒマがない」。

「老後の一人暮らしが薄ら寂しいものになるか、豊かな・・・とまではいかなくてもちょっとは面白味のあるものになるかは本人のやる気に係わってくる。ここで言うやる気とは、自分の人生をどう終わらせるかを企画し演出する気力である。その最後の力を振り絞り、たとえひどい人生であったとしても、いや、そうであればこそ、最終章で笑みを浮かべられたら素敵じゃないか。終わり良ければすべて良し。九州には『それでよかよか』という、なんでもをよか(良い)で締めくくる言い回しがあるが、『これでよかよか』と頷きながら死んで行けたらいいなと思う」。

「人生って、生活って、小さな愉しみ、喜びが重なりあって出来上がっているのだなと思う。大きな喜びが一つ二つあるよりも小さな愉しみがびっしりと繋がっている方が断然暮らしやすそうだ。ということから、これまでの私の人生、夢の多くは叶わなかったが小さな喜びは随所にあって、まあ、全体的に見れば愉しかったな、とは思う、これからのことは正直いって見当もつかないが、あと10年か20年、せっかくだから(老後をではなく)老人をとことん愉しみ、味わい尽くそう、と考えている」。

それでよかよかと、高齢者に勇気を与えてくれる一冊です。