榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

君はメキシコの美女・マリンチェを知っているか・・・【山椒読書論(37)】

【amazon 『メキシコのマリンチェ』 カスタマーレビュー 2012年6月4日】 山椒読書論(37)

メキシコのマリンチェ』(飯島正著、晶文社。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)を読んだが、正直言って、びっくりした。

16世紀のメキシコにマリンチェ(1502?~1527年)という女性が実在し、しかも、植民地化政策を推し進めるスペイン軍のエルナン・コルテスのメキシコ征服に深く関わっていたという歴史的事実を、浅学菲才の私は初めて知ったからである。

この書は、マリンチェの真実に迫ろうとした力作であるが、3つの魅力を備えている。

第1は、マリンチェが、祖国アステカ(現在のメキシコ)の敵国であるスペインにこれほど協力したのはなぜか、という心理面の謎を探る面白さ。

彼女は、メキシコ湾南岸のインディオ(先住民)のカシケ(首長)の娘として生まれながら、父の死後、奴隷として売られた先で、メキシコに上陸したばかりのコルテスに出会う。「インディオ女としてはたぐいまれな美女、長身で均整のとれた容姿、目の輝きが知的」な17歳のマリンチェは、アステカとマヤの言葉が話せたので、コルテスの通訳にされる。やがて、スペイン語も身に付けた彼女は、優秀な通訳にとどまらず、有能な情報収集者、コルテスの助言者、そして現地妻として常にコルテスの傍らにあって、スペインのメキシコ征服に大きく貢献する。コルテスとの間に息子を儲けるが、祖国の裏切り者という非難に心が揺れ動く。「それはアステカ大帝国の顛覆と少数のスペイン軍人の制覇に加担した一介のアステカ女」としての悩みであった。

第2は、コルテスに率いられた少数のスペイン遠征軍が、60万人に上る圧倒的に多勢のアステカ帝国軍に勝利を収めることができたのはなぜか、という歴史的事実を辿る面白さ。

巨大なアステカ帝国に君臨する皇帝モクテスマが、コルテスを、この国を治めるために再来すると予言されていた伝説の白い顔の神「ケツァルコアトル」と思い込んだための、あまりにも消極的な戦略。アステカ帝国の圧政に苦しむ他民族を巧みに味方に引き入れたコルテスの敢闘精神に富んだ戦略。そして、マリンチェの存在が、コルテスのメキシコ征服に大きく貢献したことも見逃せない事実だ。

第3は、戦う組織は、どうあるべきかという、組織論のケース・メソッドの恰好の材料としての面白さ。

対アステカ帝国との戦いだけでなく、スペイン軍のライヴァルや、スペイン本国の敵対者との争いを、コルテスがどう切り抜けていったかを知ることは、勉強になる。しかし、スペイン本国のスペイン国王にひたすら忠誠を尽くし、メキシコの植民地化に邁進するとともに、メキシコ全土にキリスト教を広めるという使命感に燃えたコルテスの、報われることの少なかった晩年は同情に値する。