榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

自分の価値観に忠実であることの意味を問いかけてくる小説・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1122)】

【amazon 『強力伝・孤島』 カスタマーレビュー 2018年5月19日】 情熱的読書人間のないしょ話(1122)

植物観察会は、私にとっては昆虫観察会でもありました。小さな池の上を、真っ赤なショウジョウトンボとシオカラトンボが飛び回っています。サトキマダラヒカゲ、夏型のキタテハ、ベニシジミを見つけました。肉食の赤いアカサシガメは迫力があります。

閑話休題、突然、きちっとした小説を読みたくなって、書斎の書棚から『強力伝・孤島』(新田次郎著、新潮文庫)を取り出してきました。新田次郎は、私が中学2年の時、『風の中の瞳』(新田次郎著、講談社文庫。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)によって小説というものの魅力を教えてくれた作家です。

強力伝』の主要登場人物は3人だけです。富士山の強力(ごうりき)の中で一番力持ちの小宮正作、白馬山の強力の中で一番力持ちの鹿野、そして、富士山頂観測所勤務時代、急病に罹った時、小宮に助けられたことのある石田です。登場人物とは言えませんが、小宮と鹿野の前に立ち塞がる白馬山の厳しい自然が重要な役割を果たしています。

昭和7年の夏、初めて出会った小宮は「人懐こい眼をいかにも嬉しそうに輝かせながら、『えへへへへへ』と鼻の上に幾つも皺を寄せて笑った。驚く程、がっちりした体格の男だ。全体に見て不釣合なくらい肩の張った、眼の澄んでいる、黒光りする程日に焼けている男だった」。足柄出身の小宮は、自分は金時の生まれ変わりと思い込んでいるような男だったのです。

昭和16年の夏、石田は新聞紙上に、19貫(71.25kg)の小宮が風景指示盤用の50貫(187.5kg)の巨石2個を背負って白馬山頂に登るという記事を見つけます。小宮が新聞記事に載ることに無上の喜びを感じる男だと知っていた石田は、この無謀な挑戦を思い止まらせようと駆けつけ、「名声と生命の取りかえっこはやめた方がいい」と懸命に説得しますが、小宮は頑として聞き入れません。

巨石を担ぐ小宮は、登山途中で岩崩れに遭い、左脛に傷を負ってしまいます。

30貫の石を担いで同行している鹿野の心情がこのように記されています。「『畜生め、なんでえ、なんの為にこんな石でこの苦労をするずらか。人間がさ、人がよう・・・』。鹿野は樽のようにふくれ上った足にゲートルを巻き、怪我の手当もろくろくしないで、唯むきになって石と争う小宮の姿こそ清潔な意慾の極致、これこそ強力の魂ではないかと思った。そして、この稀れに見る、恐らく信州にも、もちろん越中にもいないだろう、日本一の強力をむざむざ此処で死なせたくはないと思った」。

「小宮は白馬山頂に最後の石を下ろした。待っていた新聞社や公園協会や地元民や登山者があらゆる讃辞を彼に投げても、小宮は絶望の表情で背負子から、肩を抜かずに、眼を閉じていた。土色に皮ばった顔は勝利の色ではなかった。痩せ落ちた頬の線から頭にかけて、ぶつぶつ吹き出て凝結している汗の結晶は、敗北に投げかけられた白い砂のようであった」。

「樽のように太った足を開いて、半ば背をちぢこめるようにしながら、ようやく上半身をこたえている小宮の体躯の容易ならざる態勢や、離れていてもよく分る呼吸使いの不調、そしてあきらめに似た小宮の笑いの中に、通り過ぎる死の影を発見して、鹿野は慄然とした」。

直木賞を受賞した『強力伝』は、短篇小説として成功しているのですが、私は、自分の価値観に忠実であることの意味を問いかけられているように感じました。本作品は、著者が身近に接した小見山正という強力がモデルになっていて、彼はこの白馬山頂に巨石を担ぎ上げた時の労苦が遠因となって死んだことを知っているからです。