榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

『あしながおじさん』は、大人にとっても魅力溢れる文学作品・・・【情熱的読書人間のないしょ話(496)】

【amazon 『あしながおじさん』 カスタマーレビュー 2016年8月23日】 情熱的読書人間のないしょ話(496)

長崎に原爆が投下された約2カ月後の1945年10月6日か7日頃に、米軍カメラマン、ジョー・オダネルが密かに撮影し、長いことトランクにしまい込んでいた「焼き場に立つ少年」です。少年は、亡くなった幼い弟の亡骸を背負い火葬場の前に立っているのです。子供たちに戦争のない未来をと思わずにいられません。

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閑話休題、気になりながら、これまで手にすることのなかった『あしながおじさん』(ジーン・ウェブスター著、谷口由美子訳、岩波少年文庫)を今回、読了して、なぜもっと早く読まなかったのだろうと悔やまれること頻りです。児童文学として素晴らしいだけでなく、大人にとっても魅力溢れる文学作品だからです。

孤児院で17歳になった少女、ジェルーシャ(ジュディ)・アボットは、匿名の資産家が、ジュディが毎月、手紙で学業の進行状況を報告することを条件に女子大学進学のための奨学金を出してくれるという思いがけない話を、孤児院長から聞かされます。

ジュディは、その匿名の支援者に「あしながおじさん」という名を付け、学業だけでなく、日々の大学生活のあれこれを書き送ります。折に触れて、絵も描き添えます。これに対し、支援者は一切返事を出さないと予め告げられていたため、手紙は一方通行にならざるを得ません。このジュディの4年に亘る手紙の数々で、本作品は構成されています。

「夏じゅうずっと、あなたのことをいろいろ考えていました。これまでの人生で、初めてあたしに興味を持ってくれる人があらわれたということで、まるで家族ができたような気分になっています。やっとだれかの身内になれたという気がします。それって、ほんとうにしみじみとうれしい気持ちなんです。でもやっぱり、あなたのことを考えるとき、あたしの想像力はうまく働いてくれません。今、あたしには知っていることが3つしかないんですから。①あなたは背が高い、②あなたはお金持ち、③あなたは女の子がきらい」。

「あたしは大学が大好き、そして、ここへあたしを送ってくださったおじさんが大好きです――あたしほんとうに、ほんとうに幸せです。朝から晩まで、ずっと興奮しっぱなしで、寝るひまなんてないくらいです。ここがジョン・グリア孤児院とどんなにちがうか、おじさんには想像すらできないでしょうね。この世にこんなところがあるなんて、夢でも見ませんでした」。

「(バスケットボールのチームに同級生の)ジュリア・ペンドルトンも入りたがったんですが、うまくいきませんでした、やーい! おじさん、あたしっていやな性格ですね」。

「新しい規則を作りました。決して、決して、夜は勉強しないこと。翌朝、どんなにたくさん復習テストがあっても、です。そのかわり、普通の本を読むことにしました。そうしなくてはならないんです。だって、ご存じのように、あたしには18年間のブランクがあるんですから。おじさんは信じられないかもしれませんが、あたしの頭の中には無知という、とてつもなくからっぽの穴があいているんです。その深さに、ついこないだ気づいたばかりです。まともな家族構成の家に生まれ育ち、友だちがたくさんいて、本棚もあって、というような女の子のほとんどがあたりまえに知っていることを、あたしは聞いたこともないんです」。

「あたしの好きな本はなんだと思いますか? たった今、という意味です。あたしの好みは3日ごとに変わるんですもの。今は『嵐が丘』です。これを書いたとき、エミリ・ブロンテはまだうら若き女性でした。そして、ハワースの教会の庭から外へ出たことさえなかったんです。一生、男性を知らずに過ごしました。それなのに、いったいどうして、ヒースクリッフのような男性を想像できたんでしょうね?」。

「ここでは時のたつのがとても速いので、3週間前の出来事など、もう古代史になってしまうほどです」。このユーモアは秀逸ですね。

「あたしはおじさんが与えてくださった、自由と独立のこの生活を、つねに心の底から感謝して暮らしています」。

「この夏はずいぶんがんばりました――短篇を6つと、詩を7つ、書いたんですから。雑誌社に送ったものはすべて、たちまちのうちに、ご丁寧なおことわりとともに、もどってきました。でも、気にしません。いい練習になります」。

「人生で最も大切なものは、はなばなしい大きな喜びなんかじゃありません。ささやかな喜びの中に、多くの楽しみを見つけることがとても大事なんです――あたし、幸せになるほんとうの秘訣を見つけました。おじさん、それはね、今を生きる、ということです。いつまでも過去をくやんだり、将来を思いなやんだりするのではなくて、今、この瞬間を最大限に生かすことです」。

最後の最後に至り、ジュディにとっても、読者にとっても、思いがけないことが起こります。そして、驚くべきことが明らかになるのです。

たとえ生い立ちが不幸であろうとも、子供たちは大人になってから成功するチャンスを与えられるべきだという著者の熱い思いが、本作品に込められています。