語彙の「量」を増やし、語彙の「質」を高める実戦的トレーニング・・・【あなたの人生が最高に輝く時(68)】
思考力←言語力←語彙力
『語彙力を鍛える――量と質を高めるトレーニング』(石黒圭著、光文社新書)は、「語彙力のある人」というのは、ただ単に知っている言葉の数が多い人ではなく、文脈に合わせて適切な語を選択する力を持った人と定義している。
著者は、人間の思考力を規定するのは言語力であり、言語力の基礎になる部分は語彙力に支えられていると考えている。
本書の特徴は、語彙力を鍛えるトレーニングを、語彙の「量」を増やすトレーニングと、語彙の「質」を高めるトレーニングに分けて、具体的に解説している点にある。語彙力については、「語彙力=語彙の量(豊富な語彙知識)×語彙の質(精度の高い語彙運用)」という式が成り立つからである。
理解語彙→使用語彙
語彙について考えるとき、「理解語彙」と「使用語彙」の違いについて知らねばならない。聞いたり読んだりしたときに、その人がその語の意味が分かる語が理解語彙であり、話したり書いたりするときに、使える語が使用語彙である。「不等号で表すと、つねに、理解語彙数>使用語彙数であり、人間が語彙を習得するときには、かならずまず理解語彙になって、それから使用語彙になるという順序で進みます。したがって、語彙力を高めるには、語彙のインプットを増やすことが必要条件です。そのための有力な方法は多読です。自分が興味を持つさまざまな文章を読むことで、自然に理解語彙数が増えていきます。読書は脳内の理解語彙数を増やし、それが新たな理解や思考、さらには表現の材料になるわけです」。全く同感である。
量を増やす
語彙の量を増やし、豊富な語彙知識を身に付ける方法が列挙されている。①類義語、②対義語、③上位語と下位語――を増やす、④語種(和語、漢語、外来語)、⑤文字種(平仮名、片仮名、漢字)――を文脈によって使い分ける、⑥話し言葉と書き言葉、⑦日常語と専門語、⑧標準語と方言、⑨新語と古語――を環境によって使い分ける、⑩実物で経験を積む、⑪語構成を活用する――の11である。
「類義語とは、意味の似た言葉です。・・・類義語を知っているとよいことがあります。それは、適切な語彙が選べるようになるということです。ある対象を表すのに一つの語しか知らないと、対象を表す精度が下がってしまいます。しかし、類義語という複数の候補を比較してよりよい語が選べると、それだけ言葉に説得力が生まれます。・・・類義語を考えたくなる瞬間があります。それは、今使っている言葉では満足できないときです。たとえば、今使っている言葉があまりにも単純で、そのまま表現するのが気恥ずかしく考えられるときがそうです。・・・類義語を考えたくなる瞬間はほかにもあります。使われている言葉がしっくりいかないときです」。
類義語を探すときの武器として類語辞典が紹介されているが、私も文章を書くとき、『角川類語新辞典』(大野晋・浜西正人著、角川学芸出版)に大いに助けられている。
「対義語は、『内』と『外』、『大きい』と『小さい』、『笑う』と『泣く』のような対立関係、『男』と『女』、『歩く』と『走る』のような対(つい)関係、『可能』と『不可能』、『完成』と『未完成』のような否定関係の3つに分けて考えられます」。
「対義語を考えると、頭のなかの語彙のネットワークが意識され、記憶への定着力が高まることが挙げられます。・・・対義語を考えると、もとの語の意味理解が深まることです。・・・対義語を考えると、想像力が刺激され、言葉、さらには世界にたいする感性が磨かれることです。・・・類義語を考えることは語彙量を増やすのに役立ちますが、それとあわせて対義語も見るようにすると、頭のなかの語彙世界に、奥行きが加わるように思います」。
「孤立して存在している語はほとんどありません。語は通常、上位語・下位語という語委のネットワークのなかに存在しています。たとえば、『携帯(携帯電話)』を考えてみましょう。『携帯』の上位語は『電話』であり、『携帯』の下位語は『ガラケー』と『スマホ』です。・・・上位語・下位語を考えることは、頭のなかに語彙のネットワークを作ることにつながります。語彙を一つひとつ独立したものとして憶えるのでなく、ネットワークとして捉えることが、使える語彙力を考えるうえで重要です」。
質を高める
語彙の質、すなわち精度の高い語彙運用の方法が紹介されている。①誤用を回避する、②重複と不足を解消する、③連語の相性に注意する、④語感のズレを調整する、⑤語を適切に置き換える、⑥語の社会性を考慮する、⑦多義語のあいまいさを管理する、⑧異なる立場を想定する、⑨語の感性を研ぎ澄ませる、⑩相手の気持ちに配慮する、⑪心に届く言葉を選択する――の11である。
「●言葉の形に価値があるという『信仰』、●言葉の形を変えれば中身まで立派になるという『幻想』、●目を惹く表現を生みだせば偉くなれるという『風潮』――という3つの病と戦うという著者の意気込みがひしひしと伝わってくる一冊だ。