あなたがIT時代を生きていく上の原理原則は、過去と同じでいいのか・・・【MRのための読書論(153)】
IT時代の原理原則
『9(ナイン)プリンシプルズ――加速する未来で勝ち残るために』(伊藤穣一、ジェフ・ハウ著、山形浩生訳、早川書房)の特徴は、2017年現在のIT最先端の状況を踏まえて、この時代をどう生きていくべきかの原理原則を9つ提示している点である。
創発、プル、コンパス
原理原則の第1は、「権威より創発」である。自然発生的な動きを大事にしようというのだ。
第2は、「プッシュよりプル」である。自主性と柔軟性に任せてみようというのだ。「マイクロソフト社の失敗した百科事典エンカルタ(高価で、専門的に設計された、プッシュに基づく製品)と、それよりはるかに成功したウィキペディアの、アマチュア主導によるプルベースのプラットフォームとのちがいだ」。
環境に関するデータを使って人々に力を与える活動を行う、世界的な市民科学プロジェクトのボランティア・グループのセーフキャストについて。「ダニエル・ピンクが指摘したように、内面的な報酬(=満足)は外部的な動機づけに比べ、高い動機づけをもたらしパフォーマンスも高くなる。これぞプッシュにまさるプルの力だ――現代通信技術とイノベーション費用の低下を活用して、力を中心から周縁に動かし、ひらめきによる発見を可能にして、イノベーターたちが自分の情熱を探り出す機会を提供する。最高の場合には、これは人々が自分の必要としていたものを見つけられるようにしてくれるだけでなく、自分が必要だとも知らなかったものを見つけてくれる」。
第3は、「地図よりコンパス」である。ここでいう「コンパス」は羅針盤を意味している。先のことは分からないから、大雑把な方向性で動こうというのだ。「地図は、その土地についての詳細な知識と、最適経路の存在を含意している。コンパスは、はるかに柔軟性の高いツールだし、利用者が創造性と自主性を発見して自分の道を見つけなければならない。地図を捨ててコンパスを取るという決断は、ますます急速に動くますます予測不能な世界では、詳細な地図は無用に高いコストをかけて、人を森に深く引き込んでしまいかねない、という点を認識している。でもよいコンパスは、常に行くべきところに導いてくれる」。
リスク、不服従、実践
第4は、「安全よりリスク」である。ルールは変わるものだから、過度に縛られないようにしようというのだ。
第5は、「従うより不服従」である。むしろ敢えてルールから外れてみることも重要だというのである。「毎年、インパクトとブレークスルーにより成功を計測する組織は、不服従を奨励し受け入れ、外れ者や批判を必要なものとしてだけでなく、生態系にとって不可欠なものと見る文化を必要とする。・・・コンピュータセキュリティは、コンピュータネットワーク・ハッカーなしじゃ改善しないし、われわれも腸内細菌なしじゃ存在できない――そうしたものの中には、いいものもあれば悪いものもあるけれど、明らかにほとんどは、その中間のどこかにいるのだ」。
第6は、「理論より実践」である。あれこれ考えるより、先ずやってみようというのだ。「理論より実践ということは、加速する未来では変化が新しい常態となるので、実際にやって即興するのに比べ、待って計画するほうが高い費用がかかるということを認識するということだ。古き遅き日々なら、計画は金銭的なトラブルと社会的な後ろ指を指されかねない失敗を避けるのに、不可欠なステップだった。でもネットワーク時代では、主導的な企業は失敗を受け入れ、奨励さえしている。・・・ビジネスは『失敗』を安上がりな学習機会として受け入れるのがごく普通になっている」。
多様性、回復力、システム
第7は、「能力より多様性」である。ピンポイントで総力戦をやっても外れることがあるから、取り組みもメンバーも多様性を持たせようというのだ。「2011年秋、『ネイチャー 構造分子生物学』は、10年以上もの努力の結果として研究者たちがHIVに似たレトロウイルスの使う酵素の構造マッピングに成功したという論文を掲載した。この業績はブレークスルーと広く認められたけれど、論文にはもう一つ驚異的な点があった。この発見に貢献した国際的な科学者グループの中に、『フォールドイット・ヴォイドクラッシャーズグループ』というのが交じっていたのだった。これはビデオゲームプレーヤーたちの集合体だ」。
第8は、「強さより回復力」である。がちがちに防御を固めるより、回復力を重視しようというのだ。「そのいちばん最初の段階で、You Tubeは『チューンイン、フックアップ』という名前のビデオ出会い系サイトだった。これは失敗した。・・・でもYou Tube創始者たちは、すぐにインターネットに必要なのが新たな出会い系サイトではなく、ビデオコンテンツを共有する簡単な手法だと気がついていた。・・・ビジネスプランもなく、特許もなく、外部資本もない。でもおかげで、最初のアイデアが失敗すると、勝手にその焦点を変えられた」。
「回復力ある組織はまちがいから学んで環境に適応する」。
第9は、「モノよりシステム」である。単純な製品で勝負するより、もっと広い社会的な影響を考えようというのだ。「モノよりシステムという原理は、責任あるイノベーションは速度と効率性以上のものを必要とするという発想を前提とする。またこの原理は、新技術の総合的な影響についての絶えまない検討も求めるし、人々、コミュニティ、環境のつながりの理解も要求するものだ」。
「あらゆる家庭の居間やサロンに音楽を持ち込む潜在力が蓄音機にあると気がついたのは。我流で勉強し(1901年にビクターレコード社を創設し)たエルドリッジ・リーブス・ジョンソンという技師だ。・・・(トーマス・)エジソンは蓄音機を発明はしたけれど、ジョンソンはもっと重要なことをやった。かれはレコード産業を発明したのだ」。
戻る | 「MRのための読書論」一覧 | トップページ