榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ウィンストン・チャーチルの生涯を支えた妻の存在・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1281)】

【amazon 『チャーチルと第二次世界大戦』 カスタマーレビュー 2018年10月25日】 情熱的読書人間のないしょ話(1281)

福島の大内宿を歩くと、江戸時代の旅人の気分を味わうことができます。

閑話休題、『チャーチルと第二次世界大戦』(山上正太郎著、清水書院)は、ウィンストン・チャーチル礼讃一本槍でなく、マイナス面も過不足なく描いている点に特徴があります。

「政治生活が長かっただけに、チャーチルは20世紀のイギリス史、世界史に深い関係をもっている。なかでも第二次世界大戦において、行政府の最高責任者としてイギリスを勝利に導いたことは特筆されるべきであろう。ウィンストン・チャーチルの名を耳にするとき、われわれは何よりもまず、西欧文明の歴史において最も暗黒であったとき、勝ち誇るファシズムに敢然と立ち向かった偉大な戦士を思いうかべる。彼のブルドッグのような容姿、雄弁、Vサイン、葉巻、尽きないユーモアとウィット――いずれもが難局に処するイギリス国民に、自由を守ろうとする世界中の人々に、限りない激励と希望を与えた」。

「しかし反面、彼の個性的な性格がその長い人生を通じて、いかに周囲の人々との摩擦を生み、非難や嫌悪をさえ招いたか。『偉人チャーチル』ではすまされない人間臭をただよわせていたか。こういう点を見逃しては、かえって彼の真の姿をゆがめる結果になるであろう」。

掲載されているチャーチルの妻の写真を見ると、きりっとした、なかなかの美形です。「彼は、クレメンタイン・ホジャーという女性と知り合った。彼女の亡父は家柄の良い軍人であり、母は貴族の出であった。クレメンタインは23歳、『スタナー』とよばれていたが、これは相手を気絶させるほど美しいという意味で、すてきな美人をさす言葉である。しかもこの『スタナー』は聡明で、人柄もしっかりしており、教養は豊か、政治にも関心を持っていたので、チャーチルのほうで大好きになってしまった。これも父ゆずりで、思いつめるとあとへ引かないチャーチルは1908年9月、盛大な結婚式にことを運んだ。新郎は33歳。『私の最もすばらしい成功は、私と結婚するように妻を説きふせた手腕のほどであった』と記している。そして、クレメンタインは夫の長い生涯を通じて、この上もない伴侶となった。夫は結婚から22年後の1839年、その自伝『わが半生』を『・・・1908年9月私が結婚し、それからずっと幸福に暮らすことになったとき』で筆をおいている」。

「チャーチルは、金銭上では無頓着なほうである。家計をうまく保っていったチャーチル夫人は地味だが、大きな存在であった。チャーチルは演説を前もって夫人を相手に予行するならわしであったし、日常生活、公的生活、万事にわたって夫人の意見を求めたといわれる。晩年のチャーチルがその生涯の幸福な追想にふけることができたのも、この夫人がかたわらにあったからこそであろう」。羨ましいほど理想的なカップルですね。

チャーチルは、1922年の総選挙で落選の悲哀を味わっています。また、1931年の挙国内閣には入閣できませんでした。「このころ50歳の半ばをこえているチャーチルは、政治家としての生命を終えたものと考えられ、一貫した節操も主義もない出世第一主義の議会政治家の末路が残っているだけとさえ見られたらしい。彼の派手な演説や巧妙な政治的かけひきなども、議場を活気づけ楽しませてくれるものとしてのみ、もてはやされた。友人は少なくはなかったが、心服し信頼してくれる人は多くはなかった。ここでも『政治』に恵まれないときの彼を、『文筆』が慰めてくれる」。

1935年の総選挙で「チャーチルは引き続き当選し、新内閣に海相として入閣することが噂されたが、実現しなかった。対独強硬論を説く彼はこの1935年ころ、議会でも孤立した存在であった。彼が演説を始めると、退場したり、笑ったり、野次をとばす議員も少なくなかった」。

「(エドワード8世の)退位問題の巧妙な処理によってボールドウィン(首相)の名声が高まったのに反し、チャーチルの政治生命も終わったと一般に考えられるようになった。もし第二次世界大戦が起こらなかったならば、彼の名はイギリス史の一隅にととまるにすぎなかったかもしれない」。

ヒトラーとの戦いの先頭に立ったチャーチル首相が行った演説の「私が捧げることができるのは、ただ血と労苦と涙と汗だけである」という一節は、今なお人々の記憶に残っています。「チャーチルの闘志に溢れ、勇気に満ちた雄弁は、イギリスが『ただひとり立って』いるとき、どんなに国民を力づけたことか。それは万人が絶望したときにも、なお勝利を信ずる人物の弁であった」。

チャーチルの内面に触れることのできる一冊です。