あなたは一人法師(ひとりぼうし)に会ったことがありますか――老骨・榎戸誠の蔵出し書評選(その80)・・・【あなたの人生が最高に輝く時(167)】
●『一人法師』(なつむら・そうじ著、文車書院)
『一人法師』(なつむら・そうじ著、文車書院)は、何とも不思議な本である。
笠を被り墨染めの衣を着けた一人法師(ひとりぼうし)は、一人で当てもなく諸国をさまよい、さまざまな人に出会う。
僧の身でありながら、町の遊女に恋をしてしまった、頭を青々と剃り上げた若い修行僧が、苦悩の色を浮かべて、橋のたもとに佇んでいる。じっと川面に目を落としながらも、その目はどこか虚ろで、時折、深い溜め息をついている。自分を優しく見つめる一人法師に気づいた修行僧は、両手を合わせて一人法師を拝んだかと思うと、迷いを断ち切り、足早に来た道を山寺のほうへ戻っていった。
愛する人を亡くし、酒浸りの毎日を送っていた詩人は、ある日、一人法師に気がつき、酒瓶を投げ捨てる。天から愛する人の声が聞こえたように感じ、孤独地獄から抜け出すことができたのだ。
春まだ遠い2月、田舎道脇のお堂の中で身を寄せ合って震えている8歳ぐらいの男の子と6歳ぐらいの女の子。二人は、つい1年前に両親を亡くした孤児(みなしご)で、預けられていた伯父の家を飛び出してきたのだ。兄弟に出会った一人法師には、二人の力になってやりたくとも、二人のために祈ることしかできない。
男との約束を信じ、10年も待ち続けた女。しかし、やっと再会できた男が、他の女と結婚してしまったことを知る。一夜、泣き明かすが、母親と強く生きていこうと覚悟を決めた女を、一人法師が温かく見つめている。
「人間だけが、生命(いのち)の燃えつきるまで生命の哀しさを燃やしつづけているのです。そして人間は、そのような生命を生きていればこそ、希望という言葉を思わずにはいられないのです。一人法師はそんなことを心の中に感じたのでした」――実は、一人法師とは、いつもは忘れかけている、もう一人の自分自身なのだ。