愛とは何か、人間のプライドとは何か、戦争犯罪とは何か――老骨・榎戸誠の蔵出し書評選(その236)・・・【あなたの人生が最高に輝く時(323)】
●『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク著、松永美穂訳、新潮文庫)
『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク著、松永美穂訳、新潮文庫)は、いろいろな意味で、心に残る一冊である。
「ぼく」は、15歳の時、学校帰りに気分が悪くなり、吐いてしまった。その時、通りがかりの女性が親身に面倒をみてくれたことから、その母親のような年齢の女性を好きになってしまう。逞しいけど女性らしい体つきで、いい香りのする美しい女性との愛の交歓は、夢のようであった。
やがて、彼女はハンナという名で、36歳で、家族はおらず、2~3年前から市の路面電車の車掌をしていることを知った。
――ハンナはぼくが学校で何を勉強しているのか、知りたがった。「ぼくたちは、テクストを読んでるんだ」、「読んでみて!」、「自分で読みなよ。持ってきてあげるから」、「あんたはとってもいい声をしてるじゃないの、坊や、あたしは自分で読むよりあんたが読むのを聞きたいわ」、「声がいいかどうかなんてわからないよ」。ところが、ぼくが翌日やってきてキスしようとすると、彼女は身を引いた。「まず本を読んでくれなくちゃ」。彼女は真剣だった。ぼくは彼女がぼくにシャワーを浴びさせてベッドに入れてくれるまで、30分間『エミーリア・ガロッティ』を朗読しなければならなかった。
――朗読し、シャワーを浴び、愛し合い、それからまたしばらく一緒に横になる・・・それが、ぼくたちの逢い引きの式次第になった。
――ぼくたちは復活祭の次の週、自転車で4日間、ヴィムプフェンやアモルバッハ、ミルテンベルクに出かけることができた。両親にどう説明したのだったか、もう覚えていない。
――ぼくたちは、朗読し、シャワーを浴び、愛し合い、寄り添って昼寝するという儀式を相変わらず続けていた。ぼくは『戦争と平和』を、歴史や偉人、ロシア、愛や結婚についてのトルストイの考察も省かずに朗読した。40時間から50時間かかったと思う。今度もハンナは緊張して物語の続きに耳を傾けた。
ある日、突然、彼女は姿を消した。何も告げずに。
7年後、思いがけず、ぼくは法廷でハンナと再会する。ぼくは裁判を傍聴する法律ゼミの学生として、彼女はナチス時代の強制収容所を巡る裁判の被告人の一人として。
長期に亘った裁判を通じて、彼女の過去が明らかにされていく。そして、裁判は彼女に不利な方向へ進んでいく。
そんな中で、ぼくは驚くべき発見をする。誰も知らないハンナの秘密に気づいたのだ。
そして、思いがけない結末が訪れる。
愛とは何か、人間のプライドとは何か、戦争犯罪とは何か。これから先、私は何度もこの本を読み返すことだろう。
原作に忠実に映画化された『愛を読むひと』(DVD『愛を読むひと』<スティーヴン・ダルドリー監督、ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス出演、20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン>)も、原作に劣らない素晴らしい作品に仕上がっている。愛の深遠さとエロティシズムが見事に融合している。