雪に覆われた深い森で、その狐狩りは行われた――老骨・榎戸誠の蔵出し書評選(その270)・・・【あなたの人生が最高に輝く時(357)】
●『アマリリス』(安西水丸著、新潮文庫)
『アマリリス』(安西水丸著、新潮文庫)は、何度、読んでも、得体の知れない不思議な感情に襲われる短篇である。
美術系の大学のデザイン科を卒業した「ぼく」は、入社した小さな広告会社の仕事が退屈だったので、安易な気持ちでニューヨークに渡り、こじんまりしたデザイン・スタジオに何とか職を見つけることができた。
1カ月後、デザイン・スタジオが入っているビルの1階のコーヒー・ショップで、何度か顔を合わせたことのある若い女と親しくなる。レイという名の中国人で、同じビル内のスタンプ・ショップで働いているという。
「160センチほどのレイの身長は、ニューヨークの街では小さかった。レイの髪をかきあげる仕ぐさや、コーヒーを口にはこぶ時の動作には、どこか謎めいた空気を感じた。しかしそれは単に、レイの持つ東洋系の女といった雰囲気から漂ってくるものだとおもった。それでもぼくには、レイが時々見せる、ふっとあきらめたような表情が気にかかった」。
「その日は、朝から肌寒い雨が降っていた。ぼくは83ストリート・ヨークアベニューのアパートで、レイをはじめて抱いた」。
「『おかしいでしょう? レイは異常性格者、そしてコロンビア生れの中国人(チャイニーズ)、それからスタンプ・ショップ<アンクル・サム>のボス、ミスター・ラドフォード・マジオのスレイブ』。レイはそう言って、アメリカ人特有の笑みを見せた。可愛いとおもって見ていたレイの笑くぼが痣に見えた。密林に咲く食人花の花芯にずるずる引きずりこまれていくような寒さを感じた」。
ニューヨークに来てから1年が過ぎ、2月が終わりに近づいたある日、突然、ラドフォードから狐狩りに誘われる。車で4時間ほどの距離にある広大な自然公園、キャッツキル・パークは、そのほぼ全域が深い森に包まれている。雪に覆われたキャッツキルの森は、森閑と佇んでいる。そこで行われた狐狩りは、あまりにも衝撃的なものであった。