榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

吉田直哉の妖しい世界に魅せられてしまった私――老骨・榎戸誠の蔵出し書評選(その294)・・・【あなたの人生が最高に輝く時(381)】

【読書の森 2024年12月1日号】 あなたの人生が最高に輝く時(381)

●『透きとおった迷宮』(吉田直哉著、文芸春秋)

吉田直哉のエッセイ集『透きとおった迷宮』(吉田直哉著、文藝春秋)で、驚くべき話を知った時の衝撃を、今でも鮮やかに思い出す。

「流浪の民の津波の話」というエッセイの中で、ベトナムのボート・ピープル(難民)の実例として、救助に当たった担当官の話が紹介されている。「洞穴の奥に、三十数人に輪姦され眼前で両親を殺され、正気を失ってしまった少女たちが逃げこんで、誰がどう呼ぼうと連れに行こうと、泣き声がするだけ、大人は入れないほどの奥に入ってしまって、出てこない。やっと岩をつたって奥へ入ってみると、世にもむごたらしい光景が展開していたのだった。少女たちは、生きながら大きなカニの群に食べられていたのである。生きながら食べられていく、言語に絶する痛みよりも、可哀相な娘たちにとっては、海賊のほうが、輪姦のショックのほうが、はるかに恐ろしかった。だから、もはや泣く力もないまま、抱きあって洞穴の奥にかくれていた。やっとのことで彼女たちを助け出したとき、娘たちの腰から下は・・・白骨になっていた」。

彼の書くものは、豊富な読書と体験に裏付けられているので、その説得力に思わず引きずり込まれてしまう。しかも、さまざまな分野の意外性十分な材料が独特な切り口で捌かれて、次から次へと読者の眼前に提供される。一見、関係なさそうに見えた材料同士が、読み進んでいくうちに、大きな一本の糸で見事に結ばれていく。年季を積んだ職人芸といった趣である。

『透きとおった迷宮』で吉田の妖しい世界に魅せられた人には、『思い出し半笑い』(吉田直哉著、文春文庫)、『夢うつつの図鑑』(吉田直哉著、文藝春秋)も薦めたい。

これは水準を超えたエッセイに共通して言えることだが、そのエッセイに触発されて、新たな人物や事柄に興味が広がっていくということを、しばしば経験する。

吉田はNHKでテレビ・ドキュメンタリー『未来への遺産』、大河ドラマ『太閤記』『源義経』『樅ノ木は残った』などを手がけたディレクターである。