ネアンデルタール人と現生人類がセックスしていたことが証明された・・・【情熱の本箱(120)】
ネアンデルタール人と現生人類が交配していたのなら、学界で定説となっている現生人類のアフリカ単一起源説(出アフリカ起源説)が揺らいでしまうのではという危機感を持って、『ネアンデルタール人は私たちと交配した』(スヴェンテ・ペーボ著、野中香方子訳、文藝春秋)を読み始めた。
本書は、30年以上に亘る試行錯誤を乗り越えて、ネアンデルタール人と現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)のDNA解析によって、ネアンデルタール人の遺伝子が現生人類の中に存在していることを明らかにし、両者がセックスしていたことを証明したスヴァンテ・ペーボとその研究仲間たちの苦闘の記録である。
ペーボは、研究の失敗や成功だけでなく、自分がバイセクシュアルであることも率直に語っている。「自分のことをゲイだと思っていた。実際、通りを歩いていて目にとまるのはハンサムな男性だ。しかし、わたしは女性にも惹かれた。特に自分が何を欲しいかを知っていて、積極的になれる女性に。それまでにふたりの女性と付き合ったことがあったが、同僚の奥さんでふたりの子どもがいるリンダと一緒にいるのは、ほめられたことではない。せいぜい一時のものだと思っていた。しかし、週が過ぎ、月が過ぎるうちに、わたしたちはさまざまなレベルで互いを理解しており、性的にも理解しあえることがはっきりしてきた」。やがて、ペーボは、夫と離婚したリンダと結婚することになる。
ペーボらが立ちはだかる困難をどう乗り越えていったかの物語は、私たちをハラハラドキドキさせる。●1999年、1万4000年前の永久凍土のマンモスから核DNAの抽出に成功する。だが冷凍保存できないネアンデルタール人の核DNA復元は不可能に思えた。→●2000年にわたしが顧問となったDNA増幅の新技術『次世代シーケンサー』は生物学全体を変えるほど強力だ。ネアンデルタール人復元も現実味を帯びる。→●2006年、わたしは2年以内のネアンデルタール・ゲノム解読を宣言した。しかし次世代シーケンサーの500万ドルもの費用を初め、次々と難題が襲う。→●ゲノム解読にはとにかく骨が必要だ。2006年、新たなネアンデルタール人の骨試料をもらいにザグレブに向かった。だが、不可解な力が骨の入手を阻む。→●シーケンスの進歩を待つだけではダメだ。2007年はDNA精製の効率化の徹底を図った。だが必ず混入する現代人のDNAを検査する方法が見つからない。→●増幅したバラバラのDNAの全容を知るには、それを組み立てなおさなくてはならない。新しい方法を試すたびに難題が生じたが、少しずつ前進していく。→●約束の2年が近づき、発表は2009年2月に決まる。シーケンス担当を新会社に交代させ、発表6日前、間一髪でゲノム解読に必要な配列データが届いた。「絶滅した人類のゲノムを総覧するまでには、多くの障害を乗り越えてきた。トミスラヴ・マリシッチがごく微量の放射性同位元素でラベル付けしたことにより、DNAが失われた段階を特定し、修正できるようになった。ライブラリの標識化とクリーンルームでの作業によって混入の問題を排除できた。エイドリアン・ブリッグスとフィリップ・ジョンソンの詳細な調査により、DNAのシーケンシング(塩基配列決定)で起きるエラーのパターンが明らかになった。ウド・シュテンツェルとエド・グリーンが開発したプログラムのおかげで、数々の落とし穴を回避しつつ、ネアンデルタール人のDNA断片を特定し、マッピングできるようになった」。
●わたしが2006年から集めていた凄腕科学者のチームは、交配の問題に取り組んでいた。2009年のゲノム配列の発表直前、彼らから衝撃的な報告が。「わたしたちが求めていたのは確かな答えだった。そしてそれを知る最善の方法は、ネアンデルタール人のゲノムと現生人類のゲノムを比べ、ネアンデルタール人のゲノムが、彼らが一度も住んだことのないアフリカの人間のゲノムよりも、彼らが住んでいたヨーロッパの人間のゲノムに近いかどうかを見ることだった」。
●ゲノム解読には成功したものの、彼らと現生人類が交配したらしいという分析は、慎重に検証する必要がある。しかしライバルの存在にわたしは焦っていた。→●2009年5月から現代人のゲノムとの比較をはじめた。そして、25年夢見てきた結果が出た。現代人の中にネアンデルタール人のDNAは生きているのだ。「現在生きている人々のDNAに、ネアンデルタール人は確かに寄与していたのだ。驚くべき発見である。これこそが、わたしが25年にわたって夢見てきた成果だった。数十年にわたって議論されてきた、人類の起源にまつわる重大な謎を解く証拠を、わたしたちは手にしたのだ。そしてその答えは予想外のものだった。現代人のゲノム情報のすべてがアフリカの祖先に遡るわけではないと、それは語り、わたしの師であるアラン・ウィルソンが主な提唱者である厳格な出アフリカ説を否定したのである。それはまた、わたしが真実と信じていたことも否定した。ネアンデルタール人は完全に絶滅したわけではない。彼らのDNAは現代の人々の中に生きているのだ。その結果が予想外だったのは、出アフリカ説と対立するというだけでなく、一般的な多地域進化説も支持していないからだということに思い至った」。
「現生人類の矢印は、アフリカから出てまず中東を通過する! そこで現生人類はネアンデルタール人と出会ったのだ。彼らがネアンデルタール人と交配し、その後、アフリカの外の全人類の祖先になったのであれば、アフリカの外の人は皆、ほぼ同じ量のネアンデルタール人のDNAを持つことになる。おそらくこれが正解だろう」。
「ネアンデルタール人が現在ヨーロッパだけで見られる変異をもつことを発見した。驚くべき結果だ! ネアンデルタール人からアフリカの外の人々へ遺伝子流動(遺伝子の寄与)があったという他、説明のしようがない」。「遺伝子流動は全て、あるいはほぼ全て、ネアンデルタール人から現生人類への方向で起きたとわたしたちは結論づけた」。「アフリカの外の人々のDNAの5パーセント未満(2~5パーセント)がネアンデルタール人に由来する、と結論づけた――少ないが、はっきり認められる割合である」。
●5万年前、アフリカの外に足場を築いた現生人類は、急速に世界に拡散した。彼らはどこでネアンデルタール人のDNAを取り込み、今に伝えたのだろうか。「これらの意欲的に拡大していく現生人類を、10万年から5万年前までアフリカと中東周辺に留まっていた現生人類と区別するために、『交替した集団』と呼ぼう。彼らはより洗練された文化を発展させた」。「現段階で最も単純な――最も(説明)節約型の(=最も説得力のある)――シナリオは、交替した集団が中東のどこかでネアンデルタール人と出会い、交配し、生まれた子どもを育てた、というものだ。その、半分現生人類で、半分ネアンデルタール人である子どもらは、交替した集団の一員となって、ネアンデルタール人のDNAを、内なる化石のように、次の世代へと伝えていった」。ネアンデルタール人と現生人類の交配が起きたのは、9万年前から4万年前の間だと推定されている。
●2010年5月、ついに『サイエンス』に論文を発表し、彼ら(ネアンデルタール人)と現生人類の交配の事実を世に問うた。大反響があり、年間最優秀論文に。格別の喜びだった。
現生人類とネアンデルタール人のその後の運命を分けた遺伝子は何なのかを探る興味深い研究は、現在も精力的に続けられている。