我々の祖先とネアンデルタール人の運命を分けた謎が明らかに・・・【MRのための読書論(133)】
運命の分岐点
我々の祖先、ホモ・サピエンス・サピエンス(解剖学的現生人類、現生人類)と、絶滅したホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)の運命を分けた謎を解き明かすことは、人類進化を考える胸躍るテーマと言える。しかも、このことは現代の我々の行動様式にも応用可能だというのである。「ダンバー数」とは、気が置けない仲間を維持できる上限は、ほぼ150人という指標のことだが、この150人という数は、人類の進化上だけでなく、現代のソーシャル・ネットワークでも当てはまることが実証されている。
定量的な検証
現生人類とネアンデルタール人の運命を分けた理由については、これまでも定性的に語られることはあったが、『人類進化の謎を解き明かす』(ロビン・ダンバー著、鍛原多恵子訳、インターシフト)の著者のように定量的に検証したのは、私の知る限り、初めてのことである。彼が定量的な証明に用いたツールが、社会脳仮説と時間収支モデルである。
社会脳仮説
社会脳仮説とは、社会生活を営むための脳の機能の進化が霊長類の進化をもたらしたという仮説である。ヒトにおいては、脳は体重の約2%に過ぎないのに全体で使われるエネルギーの約20%も消費する。このような高コストの器官が進化するには、それだけの理由が必要である。ダンバーは全脳に対する新皮質の割合を霊長類の種間で比較し、新皮質の割合と相関があったのは生態的要因ではなく、集団のグループ・サイズという社会的要因であることを見出し、霊長類の新皮質の進化は集団生活、社会的環境に適応するために進化したという社会脳仮説を1998年に発表したのである。
時間収支モデル
時間収支モデルとは、食物採集や社会活動に投入する時間やエネルギーのコストが霊長類の進化に関係しているという仮説である。1日の24時間から睡眠を除いた時間を、食物を得るための移動、摂食、どうしても必要な休息、社会的関係を形成するための社交にどう割り振るかが、霊長類の進化に影響したというのである。
現生人類とネアンデルタール人
何が現生人類とネアンデルター人の運命を分けたのか。「ほぼ30万年前近くヨーロッパと西アジアで繁栄したにもかかわらず、ネアンデルタール人はおよそ2万8000年前に姿を消した。繁栄をきわめたこの種が絶滅してしまい、アフリカからやって来たいとこ(従兄弟)の解剖学的現生人類にヨーロッパの地を明け渡した」。「現生人類では前頭葉と側頭葉が大きくなったのに対して、ネアンデルタール人では感覚系と後頭葉が大きくなった。この結果、現生人類は社会的認知能力が大幅に増加し、維持できる共同体の規模は劇的に36パーセント増加した。・・・彼ら(ネアンデルタール人)の脳は全体から見れば不釣り合いなほど視覚に特化したために、社会認知にきわめて重要なはたらきをする脳の前方領域がおろそかになったのだろうか?」。「解剖学的現生人類が気候(寒冷化の)ストレスの条件下でネアンデルタール人がたどった(絶滅という)運命を避けられたのは、おもにより大きく機能的な脳のおかげでより大きな交易ネットワークをもつとともに、文化的により創造的だったからかもしれない。ネアンデルタール人の共同体規模が同時代の現生人類のそれ(150人)よりかなり小さかった(ほぼ3分の2)のみならず、交易したり原材料を交換したりした距離が1桁小さかった。より広い地理的地域をカバーする大規模な社会ネットワークがあることによって、現生人類はネアンデルタール人には手の届かなかった友人の助けを借りることができ、局所的絶滅を免れたのかもしれない。・・・(現生人類)より小さな前頭前野をもつネアンデルタール人は計画能力が低かったと思われる。そして、このことは、ある状況に対する反応を抑制する能力は言うまでもなく、道具その他の物をデザインする能力や、自分たちの行動が未来にもたらす結果を予測する能力にも影響を与えたのではないか」。すなわち、時間が限られている中で、さまざまな工夫によって移動や摂食、休息時間を減らし、その分を毛繕いなどの社交に回した現生人類だけが絶滅を免れることができたというのである。
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