榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

地方を活性化させる最高の教科書・・・【山椒読書論(401)】

【amazon 『コロンブスの卵を生む男』 カスタマーレビュー 2014年1月29日】 山椒読書論(401)

かつて大分県知事を務めた平松守彦は、比類なきアイディアマンであった。全国にブームを起こした「一村一品運動」の他、「臨空工業地帯」「頭脳立県」「豊(とよ)の国テクノポリス(研究開発型工業地帯)」などの造語で、たちまち大分県を日本中に売り込んでしまった。平松の凄い点は、卓抜なアイディアを物の見事に実行してしまうことである。その上に、アイディアの実現に向けて多くの人々をその中に巻き込んでしまうことである。そして、強かな商売人でもある。どうすれば相手が喜んで協力してくれるようになるかを見抜いている。成功した後のアフターケアの大切さも知っている。

過去、大分県は財政力指標で「劣等県」に甘んじてきた。その大分県を「判子(はんこ)行政」から、活発な営業活動を展開する「大分県株式会社」に変えたのが平松だ。「一村一品運動」はまさにその意識革命の手段として大成功を収めたのである。平松が行ったことは地方を活性化させる上で大変参考になるが、これらの地方活性化策を行った平松という人物そのものに対しても興味が湧いてしまう。

官僚たちの夏』(城山三郎著、新潮文庫)という小説の主人公、風越信吾のモデルである元通産事務次官・佐橋滋との運命的な出会いが、平松の将来を決定づけたと言えるだろう。平松は若手通産官僚として、佐橋から「タフネス」「真剣」「結果がすべて」という仕事に対する3つの姿勢を叩き込まれる。仕事というのは、与えられたパターンをこなすのではなく、ストーリーを自分で作りながら進めていくものだということを学ぶ。

『官僚たちの夏』はドキュメンタリー・タッチで描かれている。川原英之という名は通産省(現・経済産業省)に半ば伝説化して語り継がれているが、この川原は本書では鮎川という名で登場する。佐橋の右腕としてその能力の限りを尽くす川原の、その高潔な人柄が若手から慕われ、「川原学校」と呼ばれるグループが自然に生まれた。平松はこの「川原学校」の優秀な生徒であった。

コロンブスの卵を生む男――平松守彦の発想と行動』(徳丸壮也著、日本経済新聞社。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)によって、通産官僚から県知事に転じた平松のものの考え方を探ってみよう。平松は困難な問題に立ち向かうとき、「今、自分に何ができるか」という受け身の発想をしない。「今、自分は何をすべきか」と自分自身に問うのだ。また、「仕事に、冒険心を持って挑め」と、機会を捉えては職員を励ましている。冒険なくしては成果もないという考え方である。「1匹目のサルが出てくれば、100匹が後に付いてくる」とも言っている。これは地元の高崎山のサルの習性からヒントを得たものだが、先ず1人の得意先を味方にすることができさえすれば、その影響で、次々と味方が増えてくるというのだ。

平松は、「情報回路を、つねにONにしておけ」、「ヒューマンケミストリー(人間関係)を大切にせよ」、「心に、心の過疎化を防ぐ希望という火を灯せ」と訴えている。人は必ずしも自分の希望するポジションで、希望する仕事ができるとは限らない。組織においては希望が叶えられないことのほうが多いだろう。しかし、そのポジションを変革し、その仕事を変革し、そして自己を変革していくことは可能だということを、平松の行動が示している。マイナス部分は情熱で埋めることができる。私の心の中で、平松が高く掲げた灯は赤々と燃え続けている。