東北大震災の痛手から立ち上がった78歳の母の日記・・・【山椒読書論(430)】
『生きてやろうじゃないの!――79歳・母と息子の震災日記』(武澤順子・武澤忠著、青志社)には、3つの意味で驚かされた。
第1は、2011年3月11日の東北大震災で大被害を被った、福島県相馬市の78歳の武澤順子が、打ち続く不幸に屈することなく、力強く立ち上がった姿に。第2は、大震災の3カ月前に亡くなった我がまま放題だった夫を懐かしむ心情に。第3は、只者とは思えない日記の文章力と詩作の融通無碍さに。
息子の武澤忠が、「まえがき――『家族の絆』の物語」で、「誰も恨みようがない天災・・・そのやるせない気持ちを、78歳の被災者が赤裸々に綴っている」と述べている。
2011年3月14日の日記。「昨日から原発の放射性物質が流れ出したとか何とか。まったく地震・津波・放射性物質のトリプルパンチ。神様はどこまで私たちを苦しめるのか」。
3月22日の日記。「雨 相変わらず放射能さわぎ。福島県産の野菜・牛乳、不買決定。泣くに泣けない四次災害ではないか。牛乳が飲めないでどんどん捨てられていく。胸が痛む。腰は痛いけど、薬が無くなってきた。どうしよう」。
5月5日の日記。「大災害に襲われた直後はまず生命が助かったことだけでほっとする。3日間は避難所で過ごし、家に帰ってみた時は足の踏み場もない泥の海の有様に茫然自失」。
5月5日の詩。「3月11日 あの時猛り狂い 咆哮し 大地を襲った海は 本当にこの海だったのか 今は静かに潮騒の中に 白い小さな波頭が見えるだけ・・・ 眼の前のガレキの山は当分消え去りそうにない 自然の前に 人は何と無力なことか 何百人もの命を一瞬にして奪ってしまった・・・ 悠々と流れていく雲よ お前は何を見ていたの 海は怒り 大地が鳴動するさまを 小さな蟻のように 人々がもがき苦しむさまを 黙って見ていたの? 大自然の怒り 人間は小さな生き物かもしれないけれど 人間よ たかが人間 されど人なり」。
7月末日の日記。「心ない風評に揺らぐことのない強い精神力と自立心を県民一同持とうではないか。被災者も含めて復興への第一歩は、先ず自分自身の覚悟からだと私は思っている。千里の道も一歩から。心がまえとしては、今日がその一歩であっても良いのではないか」。
10月2日の日記。「人使いの荒い、自分勝手な人(=夫)だったけれど、毎日が平和に過ごせて私は充分しあわせだったと今になって思う」。
12月1日の日記。「災害から9か月を迎える。大災害にあわなくたってと、運命を恨めしくも情けなくもなったけれども、いつまでも負の怨念を引きずって生きる訳にはいかない」。
2012年1月31日の詩。「一歩ずつでもいい 前へ進もう 自分でできることは何か 老いの身でできることは限られている でも家族や周囲の方々の暖かい理解や応援のおかげで ここまで生きてこられた いや 生かされて来られたのだ 被災したことで失ったことは少なくないけれど 何ものにも代えがたいものを得ることができた 生かされている限り 自分の役目は全うしたい」。
「これからの毎日も感謝を込めて、自分自身を励ますためにも、心の中でひそかに『生きてやろうじゃないの』と祈っている」。私たちも頑張らなくてはという気持ちにさせられる本だ。