榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

『クリスマス・キャロル』は、大型絵本『クリスマス・キャロル(新装版)』に止めを刺す・・・【山椒読書論(637)

【読書クラブ 本好きですか? 2021年12月21日号】 山椒読書論(637)

チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』の本は数多く出版されているが、大型絵本『クリスマス・キャロル(新装版)』(チャールズ・ディケンズ作、ロベルト・インノチェンティ絵、もきかずこ訳、西村書店 東京出版編集部)に止めを刺すといっても過言ではないだろう。

クリスマス・イヴのことだが、強欲冷酷な利己主義者で自分の殻に閉じ籠もる老実業家スクルージの前に、7年前に亡くなった共同経営者マーレイの亡霊が現れる。マーレイは、過去、現在、未来の精霊が順にスクルージを訪れることを言い残して去っていく。精霊たちが示す光景を見て心を改めたスクルージは、人々に善行を施し、共にクリスマスを祝う。こういう粗筋の原作の魅力もさることながら、もきかずこの訳が絶妙な上に、ロベルト・インノチェンティの絵が何とも素晴らしいのだ。読者は誰もが、自分も当時のロンドンの下町にいるかのような気分にさせられてしまうことだろう。

「心の冷たさは、スクルージの外見をも凍りつかせた。とがった鼻をさらにとがらせ、頬をしぼませ、足どりをこわばらせた。目を血走らせ、薄い唇を青ざめさせた。また、彼の冷たさは、その耳ざわりな声にもはっきりあらわれていた。スクルージの頭や、眉や、すじばったあごは、白い霜でおおわれ、身のまわりには、つねに冷えびえとした空気がただよっていた。暑さのまっさかりにも、スクルージがいるだけで事務所は冷えこみ、クリスマスだからといって、寒気が1度ゆるむということもなかった」。

「『わたしの時間は少なくなった。急げ!』。(過去の)精霊のこの言葉は、スクルージに向けられたものでも、目に見えるだれかに向けられたものでもなかった。が、その効果はたちまちにしてあらわれ、スクルージは、またもや自分の姿を目にすることになった。さらに年を重ね、はたらきざかりの男になっている。その顔には、もっと年をとってからできた、けわしく固いしわこそなかったが、そろそろ用心深さと貪欲の影がさしはじめていた。目は、きょろきょろ、がつがつと落ち着きなく動き、すでにあくなき欲望という木が根をはっていること、成長するにつれてその木がどこに影を落とすかということを告げていた」。

「『あなた様(未来の精霊)がお示しになっている墓をよく見る前に、ひとつおたずねしたいことがあります。これまで見せていただいた幻は、将来必ず起こることなのですか? それとも、起こるかもしれないというだけのことなのですか?』。それでも精霊は、そのかたわらにある墓をさし示すだけだった。『人が生きていく道すじは、どういう末路を迎えるかを暗示しているのですね。生き方を変えなければ、末路も変わらない。けれど、もし生き方を変えれば。末路も変わるのですね。あなた様は、これまで見せてくださったことで、そうおっしゃりたいのでしょう!』。精霊は、依然、身動きひとつしなかった。スクルージは、ふるえながら、はうようにして精霊に近寄り、その指が示すものに目をやった。そして、だれにも世話されず、ほったらかしにされた墓石の上に、自分自身の名前を認めた。エビニーザ・スクルージと。『あのベッドに横たわっていたのは、このわたしだったのか!』。スクルージは叫び、へなへなとくずおれた」。

私も生き方を変えようかなと思わせる作品である。